営業職の残業代リスクが上昇<事業場外みなし・阪急トラベルサポート事件最高裁判決>

営業職などの外回り・外勤社員に対して残業代を支給しないという会社は少なくないと思われますが、支給しない法的根拠は何でしょうか。

営業手当が出ているから?
成果主義だから?

そんなことが法的根拠にならないことはいうまでもありません。


営業職に対して残業代を支給しない根拠として多くの企業で利用されている制度が「事業場外みなし労働時間制」です。この制度を運用すれば、実際に何時間働いたとしても所定労働時間働いたものとみなされる為、結果として残業代を支払う必要はなくなります。

ただし、事業場外みなし労働時間制は

1.事業場外で業務に従事
2.会社の指揮監督が及ばない
3.労働時間を算定することが難しい

この3つの要件を満たして初めて認められる制度であり、要件が欠けていれば通常通り「働いた実労働時間」によって残業代を計算し支給しなければなりません。



しかしながら、今後多くの企業において、この事業場外みなし労働時間制を適用させるのが難しくであろうことを示す最高裁の判決が先月1月24日に下されました。

「みなし労働時間制:海外旅行添乗員の適用は不当 最高裁」(毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20140125k0000m040076000c.html

小法廷は▽日程や業務内容はあらかじめ具体的に確定している▽携帯電話を持たせてツアー中も報告を求め、終了後に業務日報を提出させている−−ことを重視。「労働基準法が規定した『労働時間を算定しがたいとき』には該当しない」と結論づけた。

裁判は旅行会社である阪急トラベルサポートの添乗員に関する事例ですが、制度の要件を満たすかどうかについての考え方は営業職の場合と何ら変わることはありません。

今回の判決によれば

・旅行日程(日時・目的地)が明確に定められており、業務の内容があらかじめ具体的に確定していた

・携帯電話を所持させて常時電源を入れさせておき、途中で旅行日程の変更が必要となった場合には会社に報告して個別の指示を受けることとされていた

・ツアー終了後、添乗日報によって業務遂行の状況等を詳細かつ正確に報告させた

といった事項がポイントであり、これらによれば添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、前述した事業場外みなしの要件である「労働時間を算定し難い」には該当しないということです。



つまり、営業職等の外勤社員に対し事業場外みなしを運用している企業にとって、不払い残業代リスクが上昇することは間違いありません。これまで通りの運用を続けた場合には今後違法となる企業も少なくないでしょう。

朝礼等によって出発前に事前に細かいスケジュールを決めてスケジュール通りに行動させたり、帰社後に詳細な日報や業務報告書を提出させれば、労働時間を算定し難い状況とはいえません。

また、社員に携帯電話を持たせて常に連絡をとれる状況にさせ、スケジュール変更や訪問先ごとに時報告をさせて指示を受けさせたり、最近ではGPSによって会社が社員の位置や行動を把握しているケースもありますが、これらの場合には会社の指揮監督が及んでいないとは到底いえないでしょう。

自社の営業職の管理体制を早急に見直し、状況次第では事業場外みなし労働時間制を取り止めて別の制度の運用等を検討すべき時期にあると思います。

万引き被害額の従業員負担はアリなのか

小売業の業界では自社店舗で万引きが発覚した際に、被害額を当日の従業員の頭数で割るなどして従業員に損害を負担させる会社もあります。不注意に関する連帯責任ということなんでしょうが、そもそもこのような行為は法的に認められるのかどうか疑問に思う方もいるでしょう。

端的にいうと、まず労働基準法には違反しません。その点を規制するような条文自体がありませんので。したがって、そのことで労働者が労働基準監督署に相談に言っても特に対応はしてもらえません。

ただし、従業員負担分を給与から天引きしようという場合は、賃金控除について労使協定を事前に締結する必要があるので(労基法第24条)、その点に限って会社は注意すべきということになります。

では万引きの従業員負担は法的に全く問題がないのかといえばそういうことではありません。というより、万引きによる損害は本来会社が負担すべきというのが大原則であって、従業員に故意や重大な過失が認められた場合、損害の一部を従業員にも請求できるのかどうかという民事的な話になってきます。

会社の営業上で何らかの損害が生じた際に、会社が労働者に対してどの程度損害賠償請求できるのかについては以前の記事でも触れました。
会社から労働者に対して損害賠償請求はどの程度可能かを考える - 人事労務コンサルタントmayamaの視点

判例では、会社が労働者に請求できるのは「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」とされ、結果的に「損害額の4分の1が限度」と判断されています。

今回の話にあてはめれば、無断で職場離脱していた隙に盗まれたとか、居眠りしていて盗まれたとか、万引きに気付いていたが会社への悪意で止めなかったとか、従業員が万引き犯とグルだったなどのように、余ほどの過失あるいは故意を立証できればいいですが、従業員としての注意義務を怠っていたという程度では、裁判になれば会社はなかなか厳しいのではないかとも考えられます。

まあ、少額であればそもそも訴訟にはならないでしょうし、従業員が自身の過失に反省し納得して払っていれば問題はありませんから、会社の方針と運用にもよるとは思いますが。

また、負担させるにしても、損害額のベースは売価ではなく仕入れ値である原価で行うべきであり、そのうちの大部分を会社負担とし、残りを労働者の職責や過失の程度に応じて負担させるくらいに止めるのが無難であると思います。

インフルエンザと休業手当(休業補償)の支払義務

ここ最近またインフルエンザが流行しています。
インフルエンザに感染して会社を休んだ場合、休業手当の支払い義務の有無が問題になるところです。

インフルエンザで会社を休んだ場合、一般的には年次有給休暇を充てるケースが多く、この場合には休業手当の問題は発生しません。ただし有休は会社側の意思で一方的に取得させられるものではないので、労働者が「有休を使いたくない」と言ってしまえばそれまでです。それ以外にも、入社したばかりで有休をまだ付与されていないケース、有休を持っていたけれども使い切ってしまったので利用できないというケースもあり、このような場合に休業手当の支払い義務の有無が問題となります。


こうした場合には「会社を休むに至った経緯」によって考えていくとわかりやすいです。

インフルエンザによって従業員が発熱して動けないため自主的に休んだ場合
これは風邪を引いて休んだ病欠の場合と何ら変わりませんから、普通に欠勤した分の賃金を控除すればいい話です。

医師の指導に従って休業する場合
これは「使用者の責に帰すべき事由」(労基法第26条)には該当しませんから、休業手当を支払う必要はありません。やはり欠勤控除でよいということになります。



判断が難しいのは、インフルエンザの感染が確認できたにもかかわらず、労働者本人が「働ける」と主張して会社に出勤しようとした場合です。

もちろん発熱がピークの間は労働者自身もあまり動けないので出勤しようとするケースは少ないと思いますが、インフルエンザは基本的に発熱の症状がなくなっても感染力は続く可能性が考えられます。会社としては職場での感染の危険がなくなるまでは休業してほしいところです。
(※目安としては熱が下がってから2日。できれば発症した日の翌日から7日は休ませるべき期間であると、厚労省発表の新型インフルエンザに関する職場のQ&Aで示されています。)

ところがです。

熱が下がった後すぐに出勤しようとした場合、これを会社の判断によって休業させれば休業手当(最低60%)の支払いが必要になるものと考えられます。(※極端な話、発熱中であっても労働者が「働きたい」として出勤しようとした場合、これを会社が無理やり休ませればやはり休業手当が必要になるものと考えられます。)

なお、労働契約の側面から考えると、労働者の体調が完全には回復せず通常通りの労務を提供できないような状況であれば、債務の本旨に従った履行が行えないという理由で会社は労務の受領を拒否しても賃金の支払い義務は生じないと考えられます。しかし、労務の提供が完全に行えないかどうかの判断を会社が独自に行うのはなかなか難しく、やはり医師の判断が必要になるのが現実です。

また、インフルエンザは労働安全衛生法(労働安全衛生規則)が定める就業禁止の対象となる疾病(病毒伝ぱのおそれのある伝染性の疾病等)には該当しないため、安衛法を根拠に就業を制限して無給とするわけにもいきません。

そもそも労基法上の休業手当は定め自体が非常に曖昧なものであり、インフルエンザに関する点をはっきり示した通達も見当たりません。休業手当の支払義務に関して裁判になればどういう結果になるのかわかりませんし、労働基準監督官もそれぞれの考え方によって異なる指導を行うかもしれません。



一方、本人が出勤したい意思に反して休ませる場合であっても、感染症(※正式には「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」)によって就業制限の対象とされ、同法に基づいて都道府県知事が入院あるいは外出自粛等を要請し、または保健所より本人を外出させないよう協力要請があった場合などは、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」には該当しないため、休業手当は支払う必要がないということになります。

感染症法は数年前にできた法律ですが、現時点では同法による自宅待機や休業等の要請が行われた実績はまだありませんが、この取り扱いは、季節性インフルエンザか、新型インフルエンザかによって異なってきます。(※季節性インフルエンザは感染症法上、5類感染症と指定されており、鳥インフルエンザ(H5N1)は2類感染症、そして新型インフルエンザは1〜5類に属さない「新型インフルエンザ等感染症」という独自の分類になっています。現在、就業制限の対象となり得るのは1類〜3類および新型インフルエンザ等感染症等に限られるため、5類の季節性インフルエンザは対象にはなりません。)



最後に、濃厚接触者(感染者の近くで仕事をしていた人など)の取り扱いです。

濃厚接触者を会社の判断で休業させる場合には休業手当は必要になります(ただし、保健所からの要請等によって休業させたのであれば不要です)。また、労働者の同居の家族が感染した際に、会社が本人に対して自宅待機を命ずることは予防的措置になりますから、「使用者の責に帰すべき事由」に該当し、休業手当の支払わなければなりません。



なお、休業手当の支払いが必要なケースであったとして、気になるのが民法危険負担(第536条)の適用の有無、つまり会社は100%の賃金を支払う必要がないのかという点です。

基本的に、インフルエンザに感染した労働者を休業させる行為は、当該労働者および他の労働者への安全配慮義務の履行という観点から正当化されるものであり、会社には原則として故意・過失等はないと考えられますので、休業手当(60%)が必要だとしても100%の支払い義務はないと考えられますが、念の為に就業規則あるいは雇用契約書において危険負担の適用の排除を規定しておくのが確実であると思います。

本社以外の離れている場所では応じないという団交拒否は不当労働行為

不当労働行為に関する今日のニュース。

「ゲオが不当労働行為、府労委認定 労組との団交拒否」
http://www.47news.jp/CN/201401/CN2014013001001029.html

 命令書によると、組合は昨年1〜2月、大阪市内の店舗で働くアルバイトの勤務時間に関し、大阪市内で団交に応じるよう計3回申し入れたが、会社側が「人事管理を担当する部署が本社にある」として拒んだ。

 府労委は「組合員が過重な負担を伴わないよう、団交に応じるべき」と指摘した。

労働組合法上、会社は「正当な理由」がなければ団体交渉を拒んではならないとされており、これに違反すれば不当労働行為になります。

本件では、「本社が東京にあるのだから、地理的に遠く離れた大阪では交渉はできない」と会社が団体交渉を突っぱねたわけですが、そもそも労働者たちは大阪の店舗で働き大阪に住んでいて労働組合も大阪にあるので、大阪で交渉を行いたい組合側は困ってしまうわけです。

この本社のみで対応という団交拒否理由が正当な理由といえるのかが問題になりますが、今回の救済命令でも分かる通り、正当な理由にはならないということです。



冷静に考えれば、会社側は経済的にも人員的にも遠隔地で対応することが不可能とはいえませんし、会社規模によっては大した負担にもなりませんが、労働者にとってみれば(退職せず働いている労働者ならなおさら)仕事のない時間に遠隔地である本社に出向いて交渉するということは金銭、労力、時間の面で非常に大きな負担です。

このような事情から、「会社と組合側は対等ではないよね」「不公平だよね」という観点から、「本社でしか団交に応じない」という会社の言い分は正当な理由として認められないという結論になります。団交の場所というのは本来、労使双方の話し合いによって決めるべき事項ではありますが、基本的にはいま述べた公平性の観点からすると、労働者の勤務している地域において行われるものだと考えておいた方がよいでしょう。

従業員が交通事故を起こした場合の会社の責任とその対応

従業員が交通事故を起こす場面においては、

・社有車 or マイカ
・業務中 or 通勤途中
・物損事故 or 人身事故

等の様々なケースが想定されますが、いずれにしても従業員本人だけではなく会社の責任も発生し得るという点に注意しなければなりません。




会社の責任を考える上で根拠となる法律は、使用者責任民法第715条)と、運行供用者責任(自賠法第3条)の2つが考えられます。

使用者責任
使用者責任とは、従業員が交通事故で第三者に損害を与えて不法行為責任を負う場面において、従業員の行為が会社の「事業の執行について」なされた場合には、従業員だけでなく会社も損害賠償責任を負うというものです。

「事業の執行」に当たるかどうかは、判例によれば、広く行為の外形を観察して、あたかも職務の範囲内の行為に属すると認められればそれで足りるとされ、また事業そのものだけでなく密接に関連する行為も含むとされており、事実上広く認められる傾向にあります。


◆運行供用者責任
運行供用者責任については、会社が「自己のために自動車を運行の用に供していた」といえる場合には「運行供用者」に該当し責任を負うものです(※ただし、他人の生命または身体を害したとき、つまり「人身事故」の場合に限られ、「物損事故」は除外されます)。会社が運行供用者ということになれば、使用者責任の有無を問われるまでもなく、損害賠償責任が発生することになります。

運行供用者に当たるかどうかは、判例によれば「運行支配」および「運行利益」が認められるかどうかによって判断されます。


使用者責任・運行供用者責任の免責
使用者責任は、会社が従業員の選任およびその事業の監督について相当の注意をしたとき、または相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは責任を負わないとされ、運行供用者責任については、①自己および運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、②被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があったこと、ならびに、③自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったことを証明したときに責任を免れるとされています。


これらを前提にパターン別に考えていきます。



1.社有車で業務中に事故を起こした場合

当然ながら会社は損害賠償責任を負うことになります。



2.社有車を無断で私用に使っていて事故を起こした場合

このようなケースであれば会社に責任は及ばないと考える人も少なくないでしょう。ところが状況によっては会社が責任を負う可能性があります。具体的には、従業員が社有車を持ち出すに至った経緯、業務との関連性、日常の使用状況などが総合的に勘案されます。

例えば、会社が社有車の就業時間外の使用ルールに関して明確にルール化していなかったり、あるいは社有車の鍵の管理やチェック体制がずさんで、従業員が簡単に社有車を持ち出せる状況であったり、日頃から私用に使っていたなどの事実があれば、会社の責任が認められる可能性は高くなると思われます。



3.マイカーで業務中に事故を起こした場合

会社が業務でのマイカー使用を容認していた場合には、会社はその自動車を利用して業務を行っていたといえますから、実質的に社有車を使っていたのとほとんど変わらない状況である為、会社の使用者責任および運行供用者責任(人身事故のみ)は認められると考えられます。

では容認とは具体的に何であるかといえば、積極的にマイカーの業務使用を認めていた場合のみでなく、会社が認識しながら注意せずに黙認していた場合も該当します。

つまり会社が明示的にマイカー使用を禁止していたにもかかわらず、従業員が無断でこっそりと使っていたという場合にはじめて会社は責任を免れることになります。



4.マイカーで通勤途中に事故を起こした場合

単に会社がマイカー通勤を容認しているというだけでは、原則的には会社に使用者責任や運行供用者責任は認められないものと考えられます。特に会社がマイカー通勤を禁止していたのに従業員が無断で勝手にマイカー通勤をして途中で事故を起こしたような場合には、会社の運行支配、運行利益はまず否定されるでしょう。

しかしながら、そもそも通勤とは業務と密接に関連するものであるため、例えば、会社がマイカーの業務使用を容認していたり、従業員が勤務先まで通勤する為には公共交通機関の利用が困難でマイカー通勤をせざるを得ない場合などは、会社がマイカーを業務のために利用し、もしくはマイカー通勤で利益を受けていると評価できる為、使用者責任や運行供用者責任(人身事故のみ)が認められることになります。

さらに、マイカーを使用して会社指定の集合場所に向かうよう具体的な指示があれば、マイカー通勤と業務との間には強い関連性が認められることになり、場合によっては通勤が業務の一部を構成するものと判断される可能性もありますし、あるいはガソリン代の支給や駐車場の提供などマイカー通勤について積極的に便宜をはかっている場合にも会社に責任が認められるものと考えられます。





以上から、従業員の交通事故に関して会社が責任を完全に免れることは決して容易ではないことが分かります。

ことマイカーの事故については、従業員がマイカーに十分な損害保険(任意保険)を付保していれば会社が賠償を行う必要はありませんが、無保険であった場合および保険金額が低かった場合には、現実に会社が賠償を求められる可能性が高くなってきます。


従業員の交通事故に係る対策として会社はあらかじめ以下の対策をとることが重要であると考えられます。

① 車両管理規程、マイカー通勤規程などの規程を整備し、「私用運転」の禁止、「マイカー業務使用」の禁止、「就業時間外利用」の禁止、「マイカー通勤」の禁止などのルールを明確に定め、周知・指導して徹底をはかる。

② 社有車のキーや使用状況等を厳重に管理(記録)する。

③ 社有車に十分な損害保険を付保する。

④ マイカーを業務または通勤に使用することを認める際は、従業員の免許や任意保険の加入について承認時および定期的にチェックを行う。(保険金額は極力、対物・対人ともに無制限が望ましい)


そして何より安全運転を教育し事故を未然に防ぐのが何よりも重要であることはいうまでもありません。

オフィスの全面禁煙化は不利益変更にあたるか

以前の記事で「喫煙者を採用しない企業」について触れましたが、タバコ関連の話題をもう1つ書きます。


平成15年の健康増進法の施行に伴い、企業にも受動喫煙防止の努力義務が課せられ、厚生労働省が発表する「職場における喫煙対策のためのガイドライン」によれば、「全面禁煙か空間分煙が望ましい」とされています。

実際、禁煙や分煙の措置を講じていない会社において、従業員がタバコの煙で健康被害を受けたとして企業の安全配慮義務違反を根拠に訴訟を起こすリスクは無視できない状況にあります。

現在多くの企業では喫煙室等の設置による分煙化が進んでいる状況ではありますが、労働者の健康面を考えれば全面禁煙が望ましいことはいうまでもありません。

一方、勤務時間中に喫煙室等に行って喫煙する行為を認めてはいないものの、具体的な注意や処分等は行わずに実質的には大目にみてきたような会社においては、喫煙をしない従業員との公平を図るという意味においても、職場内の全面禁煙化の検討は重要になってくると思われます。



さて、この場合において、オフィスの全面禁煙化に踏み切ることは、これまで喫煙をしてきた労働者にとって労働条件の不利益変更に該当するのではないかという問題が考えられます。


まず喫煙という行為は完全に私的な行為であり、業務の遂行には全く関係のない行為でありますから、この喫煙行為自体が労働条件にはなりません。

通常、労働時間の間に会社の許可もなく喫煙室へ行って業務と直接関係のない喫煙を行うということは、勝手な職場離脱であり職務専念義務に違反し懲戒の対象となり得ますし、労務の提供をしていない訳ですから債務不履行により賃金カットの対象となります。

ただし、就業規則において「勤務時間中は喫煙をしてはならない」と規定され、そして発覚した場合にはその都度注意指導や賃金カットが行われていた場合には何も問題はないのですが、それらが行われず実質的に多くの従業員が勤務時間中にタバコを吸っていたという場合には、それらの時間がどのような取扱いであったのかを考える必要があります。具体的には、例えばそれらが労働者にとって休憩時間という認識であったのか、さらには賃金の支払い対象となる有給の休憩であったのか、そしてそれらが労働慣行として成立していたのか、というような問題がでてきます。

勤務時間中に喫煙に行く時間の取扱いについて、就業規則に定めがあったり、労使慣行によって根拠があるのであれば、それらの時間は労働条件といえますから、それらの取扱いを無視して一方的に全面禁煙とすることは不利益変更に該当する可能性が考えられます。その場合には、喫煙者の個別同意をとるか、あるいは労働契約法第10条の要件を満たすかたちで合理的な労働条件の変更が行われる必要があります。

そうした規定や慣行などの根拠もなく喫煙が行われていたのであれば、喫煙の行為や時間は労働条件とはいえず、不利益変更には該当しません。また、受動喫煙による健康被害が明確にされている昨今、健康増進法の趣旨から考えてもオフィスの全面禁煙化は不当な措置とはいえないでしょう。




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誓約書は退職時ではなく入社時に提出させる

「労働者が会社を辞めた後も、守秘義務や競業避止義務を課したい」

そう考えて労働者が退職する際に誓約書を書かせる企業は少なくありません。



しかしです。
労働者が誓約書の署名を「嫌だ」と拒否したら、その会社はどうすればよいのでしょうか。

結論からいうと、「何もできません」ということになります。



業務上の秘密を守るという守秘義務は、労働者の企業に対する誠実義務の1つであり、就業規則雇用契約書などに規定されているかどうかにかかわらず、労働契約に付随して当然に発生する労働者の義務です。さらに労働契約が終了した後も一定期間、労働者は守秘義務を当然に負うとされています。

ですから退職時に秘密保持誓約書をとらなくとも、労働者は退職後も引き続き守秘義務を負うわけですが、秘密情報の定義や取扱い等について細かく合意することは確かに重要といえます。


さらに労働者は、会社に在職中は競業避止義務を負いますが、退職後については、就業規則あるいは契約書等によって別途合意を得ない限り、競業避止義務を負わないとされています。



つまり、企業は、守秘義務をより厳格に労働者に課すために、そして退職後の競業避止義務を別途課すために、労働者と合意をしておく必要があります。できれば就業規則による一律の包括的同意というかたちだけではなく、各労働者の職務内容・権限に応じた個別の合意をとっておくのが望ましいといえます。



ですが、前述の通り退職時点では労働者に拒否された場合には何も手だてがありません。退職時点で求める義務は、事前に合意している労働条件とは異なるからです。

従って企業は、守秘義務や競業避止など「退職後も引き続き労働者を拘束する義務」を課したいという時には、入社時に、または重要な秘密を扱う職位・職務への昇格時・配転時に合意をとることが有効といえます。



注意すべきは、労働者が誓約書にサインしないからといって、本来支払うことになっている退職金を減額するなどの措置は許されないということです。あらかじめ労働契約における労働条件として合意している退職金等については、減額・不支給事由に触れない限り会社は支給する義務があります。

ただし、例えば退職金とは別途、契約にはなかった恩恵的な慰労金を支給する等であればそれは労働条件とはいえませんから、支払うかどうかは企業の任意です。秘密保持や競業禁止の代償措置として金銭を支払い、引き替えに誓約書に署名をもらう、署名をしないのであれば支給しない、というかたちであればスムーズに退職時の個別合意を得ることは可能と考えられます。




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