長時間労働の代償1億円の現実

先日、某居酒屋チェーンの従業員の過労死をめぐる裁判で、地裁に続き高裁でも会社側の損害賠償責任を認める判決が下されました。


以下参照
http://www.toyokeizai.net/business/strategy/detail/AC/d3524eb7d66dcf0e61e5292143ff76ef/


心不全で死亡した従業員は、入社後4ヶ月で平均112時間の残業をしていました。会社側は長時間労働と死亡との因果関係を否定する主張を行いましたが、結果的に裁判所は会社の主張を退けました。

賠償額は約7,860万円。会社の責任は安全配慮義務違反が根拠になりますが、注目すべきは役員4名が会社と連帯して賠償を命じられたということです。かなり厳しい判決です。

役員の連帯責任は1審においては会社法第429条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)を根拠に、そして今回の2審では民法第709条の不法行為責任も認められる結果になりました。これに対して会社役員は「現場の労働時間を役員が把握するのは難しい」とコメントしています。

また、この会社では、基本給に80時間分の残業手当が組み込まれ、時間外労働として80時間勤務しないと不足分が控除される仕組みになっていたとのことです。

この裁判は今後最高裁まで争われることになっています。



ではポイントをいくつか



行政の発表する過労死認定基準(※正確には「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」)では、発症前1ヶ月間に月100時間、または発症前2〜6ヶ月間を平均して月80時間を超える時間外労働がある場合は業務と疾患発症の関連性が非常に高いとされています。現実には月80時間のラインを超える残業をさせた場合、「死亡は長時間労働のせいではない」という会社の主張はなかなか通用しないのです。


また、労働基準法第108条において、使用者の賃金台帳の調製義務が定められており、賃金台帳には労働時間数や残業時間数の記入が義務付けられています。そしてこの「使用者」とは、労基法第10条で「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」と定められています。要するに、法律は役員に「労働者の労働時間を把握しろ」とはっきり言っているのです。労働時間を把握するのが難しいという役員の前述の主張は、やはりなかなか通るものではないでしょう。


次に、80時間分の残業代を組み込んだ給与体系は驚くべきことです。「その会社では毎月80時間の残業が予定されている」ととられかねないルールです。
行政が示す「時間外労働の限度に関する基準」によって1ヵ月の残業の限度は45時間と定められており、限度時間を超える残業は特別条項付き36協定の締結が必要になりますが、これはあくまでも臨時的に限度時間を超えて時間外労働を行わなければならない特別の事情が予想される場合に限られます。そもそも限度時間を超える80時間分の残業代を基本給に組み込むこと自体が法の趣旨に反しているとも考えられます。
(※個人的には、この状況について指導や是正を行わない行政についても、遺族から監督責任を問う訴訟を起こされてもおかしくないように思えます。)

そして、上記80時間分の定額残業代について、80時間勤務しない場合は不足分が控除されるという運用は、過去の判例に照らして明らかに違法な運用になるので注意です。


さて、
長時間労働サービス残業は過労死・過労自殺の温床となるものであり、監督行政は近年取り締まりに躍起になっている問題です。過労死・過労自殺が労災認定された場合、国から遺族に対して財産的損害の補償は行われますが、それ以外の精神的損害の補償(つまり慰謝料)として、会社は遺族から多額の損害賠償請求を受けることになると考えられます。賠償額の相場は近年の裁判では3千万〜1億円にものぼります。中小企業であれば会社存亡の危機といえる金額です。法的リスクを無視した長時間労働の代償は決して軽くはないのです。




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