就業規則がなぜ雇用契約書よりも重要なのか

最近は労働トラブルの増加が認識されてきたからなのか、従業員を採用する際に雇用契約書(または労働条件通知書・雇入通知書)をきちんと作成する企業が増えてきていると実感します。雇用契約書の確認や添削を依頼されることも少なくありません。

もちろんリスク管理の一環として雇用契約書を整備することは大切な事ですが、意外にそういう会社が就業規則(給与規定含む)を全く整備せずにほったらかし状態であったり、就業規則を従業員に全く周知していないと分かって驚くことがあります。


雇用契約書を備えても就業規則が適当では安全とはいえません」と言ってみても、企業の経営者や担当者の方はピンとこないのかもしれません。

また、就業規則を一から作ったり、長年手をつけていない就業規則を改定するのは非常に大変な作業です。それであれば従業員が入社する都度に雇用契約書を吟味して作成する方が手間がかからないと感じるのかもしれません。

世の中の一般的な契約関係は全て契約書によって主張立証を行うものと思われますから、雇用関係についても雇用契約書に細かく規定しておけばとりあえずは安心だと考えるもの無理はありません。




しかしながら、労働契約における使用者と労働者の関係は非常に特殊なものです。

労働トラブルが起きた場合、就業規則の内容は雇用契約書よりも優先されます。いくら雇用契約書に労働条件を細かく定めていても就業規則と矛盾するようでは意味がありません。


実際に見かける雇用契約書と就業規則の内容の矛盾は以下のようなものです。

  • 雇用契約書で「退職金なし」としておきながら、就業規則では全員に支給されるととれるような記載になっている
  • 規定されている労働時間や休憩・休日が全く違う(雇用契約書ではシフト制になっているが、就業規則ではシフト制については一切記載がなく、「9時〜18時・土日休み」のような一般的な規定だけが書いてある)
  • 雇用契約書では休暇は有給休暇のみだが、就業規則では様々な休暇が規定されている
  • 雇用契約書で試用期間が定められているが、就業規則では試用期間の規定自体が載っていない
  • 賃金規程に記載された手当の要件を満たしているのに、雇用契約書には記載されていない
  • 雇用契約書では年俸制となっているが、賃金規程には一切載っていない
  • 「パート雇用契約書」と書かれてあるが、パート就業規則は存在しない


挙げればきりがありませんが、「就業規則がきちんと整備されていなくて一番困ることは何か」と聞かれたときに真っ先に考えるのはやはり次の2つでしょうか。


就業規則に載っていない懲戒処分は行えない」

就業規則に根拠がなければ降格・降給が行えない」



懲戒処分(懲戒解雇含む)が行えないということは、ルールを定めても罰則がなく強制力がないということです。規定なしで懲戒を行えば当然無効ですし、ヘタをすれば損害賠償を求められます。

降格・降給については意外と知られていませんし、現実に記載されていない会社が多数あります。規定なしで降格・降給を行えばやはり無効、損害賠償もあり得ますし、労働基準監督署から賃金不払いで勧告を受けるかもしれません。



上記のほか、雇用契約書に書いてあっても就業規則に記載がなければ効力のない事項は少なくありません。

小売業・サービス業でよく利用される変形労働時間制や、配転・出向などの会社の人事権、振替休日・代休の付与命令権、パソコン使用履歴のチェック、従業員所持品検査などは全て就業規則に規定がなければできません。




雇用形態が多様化し、正社員しかいないという会社は珍しいといえる近年、パートや契約社員などの非正規従業員のことを考え、休職制度や賃金・賞与・退職金制度などを正社員と分ける必要があるでしょう。


会社のリスク管理には秘密保持、セクハラ・パワハラ、社用車・マイカーに係る規定は欠かせませんし、税務的には出張旅費規程は重要だと思います。




なお、就業規則の内容を変更する際ですが、従業員にとって不利な内容に変更する場合は、従業員の同意なしに行うと後でトラブルが起きたときに無効とされる可能性が高いので、くれぐれもご注意下さい。




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