内定と内々定の取り消し

就職氷河期が続く昨今、やっと内定を獲得したのに企業の経営環境悪化で入社日がくる前に内定が取り消されてしまうのではないかと心配する学生も少なくないことと思います。

不況を反映して最近は内定取り消しに係るトラブルが増加しています。

そして今年2月、内々定の取り消しについても全国初の会社に損害賠償を命じる判決がでました。



法的に内定取り消し・内々定取り消しは許されるのでしょうか。
そもそも内定と内々定の違いとは何でしょうか。
今回は内定と内々定の法的性質について書きたいと思います。



新卒採用において一般的には、内定は条件付き採用、内々定は囲い込みと言われます。

企業は採用選考を経て採用したいと決めた応募者に対し、内定日に内定通知書を交付して採用の意思表示を行います。入社を希望する者は内定に付された条件を受け入れることを約する入社誓約書を提出することになります。

ところが経団連が規定する倫理憲章では、「正式な内定日を10月1日以降にすること」、そして「内定日より前に入社誓約書を提出させないこと」について遵守を求めています。そのため企業は内定日がくる前に採用したい学生に対して、まずは内々定というかたちで採用したい意思を伝え、入社承諾書の提出を求めることによって囲い込みを行い、当該学生が他の企業に流れるのを防ごうとするわけです。

一般論で何が内定なのか、どこからが内々定になるのかについては様々な形態がありますからはっきりした線引きはありません。通知方法も口頭で伝えられる場合もあれば文書の場合もあるでしょう。



ポイントになるのは、労働契約がどの時点で成立しているのかということです。


判例により、内定とは、就労開始の始期の定めが付いた解約権が留保された労働契約が成立しているものとされています(「始期付解約権留保付労働契約」)。

労働契約が成立している以上、内定取り消しの考え方は解雇と同様であり、そう簡単には認められません。解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、かつ社会通念上相当として是認できる場合にのみ許されます。
(※ただし、解約権が留保されていることから、通常の解雇の場合に比べ広い範囲の事由が認められるものと考えられます。)

通常は入社誓約書に記載された採用内定取消事由に該当した場合など、採用予定者の都合による事由によって取り消しが認められるのが原則であり、経営状況などの会社の都合による取り消しはよほどのことがない限り解約権の濫用として認められないものと考えたほうがいいでしょう。

近年注目された事件は日本綜合地所による内定取り消しです。新卒者53名全員の内定が取り消されたのは衝撃的なニュースであり、記憶に新しいところです。取り消しの通告を受けた学生の一部がユニオンに相談したことで問題化し、最終的に会社側は解決金として1人につき約100万円を支払ったといわれています。(その後日本綜合地所は会社更生手続を開始したため、経営はかなり厳しかったことがうかがえます。)


次に内々定の法的性質についてですが、今年2月に福岡高裁が下した判決によれば、内々定による労働契約の成立は認められないとされました。

上記事件は、不動産会社が内定通知書交付日の2日前に具体的な説明もなく突然内々定を取り消したとされたものであり、労働契約を締結する過程における信義則に反し、採用予定者の期待権を侵害するものとして不法行為を構成するとし、慰謝料20万円、弁護士費用2万円の支払いを命じられました。

現時点では、内々定の取り消しは労働契約成立前の行為であり、債務不履行は認められませんが、経緯や対応次第では違法となり得ることがこの判決で初めて示されました。(この賠償額が、内々定後数ヵ月間にわたって就職活動の機会を失われたことの対価になるとは思えませんが。)




前述の日本綜合地所は、内定を学生に通知した後「1ヵ月で情勢が激変」し、当初予想できなかったほどの厳しい状況になったといわれます。

一方、史上類を見ない就職難の状況下、新卒学生にとって内定のみならず、内々定の価値が以前より一層強まっていると考えられます。


以上を踏まえ、企業側は次の事項を気をつけるべきだと思います。

  1. 経営状況や経営環境を考慮し、適切な採用人数を慎重に決めること
  2. 内々定を通知する段階では、労働契約は成立はしていないこと、経営環境等により取り消しがあり得ることを十分説明すること
  3. 内定あるいは内々定取り消しをせざるを得ない状況になった場合は、できるだけ早期に十分な説明を行って理解を求めるとともに、誠意をもって補償等その後の対応をとること

ちなみに応募者側が入社誓約書を提出した後に内定を辞退できるかという点ですが、労働基準法第16条では労働契約の不履行について会社が損害賠償額を予定する取り決めをすることが禁止されています。つまり内定辞退について違約金や損害賠償額をあらかじめ定めておくことはできません。

ただし、内定辞退は契約の解除にあたりますから、債務不履行により現実に発生した損害について会社は一定の賠償を請求することは可能とされています。会社側だけでなく応募者側にも信義則に基づいた誠実な対応が求められるわけです。

内定を辞退する際にはできるだけ早く誠意をもって意思を伝え謝罪することがトラブル防止につながるものと思われます。



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