社労士とその他士業の独占業務

士業には通常それぞれに認められた独占業務があります。独占業務というのは、国家資格を有し且つそれぞれの団体に登録した者でなければ行うことが許されないとされる業務です。

社会保険労務士の場合はその名の通り、労働保険や社会保険の手続きに係る書類作成・提出が最もベーシックな独占業務です。これらの業務なくして社労士とはいえず、これらの業務あってこその社労士だと思います。それくらい大切な業務です。


ところでこの労働保険・社会保険の手続きの他にも社会保険労務士にしか認められていない業務はあります。こちらは意外と知られていないかもしれません。


最近、労働トラブルの増加に伴って就業規則を重要視する企業が徐々に増えてきていると思われますが就業規則の作成・届出を業として行えるのは社会保険労務士だけです。実際のところコンサルタントを名乗る社労士ではない業者が就業規則の作成を請け負うようなこともあるのかもしれませんが、それは明らかに社労士法違反ということになります。

また、これは有名だと思いますが、厚生労働省系の助成金の申請も当然社会保険労務士の独占業務です。こちらも同様に社労士でない自称助成金コンサルタントが行えば社労士法違反です。


全くの無資格者が独占業務を行うのは論外ですが、士業間には業際問題がつきものです。各士業の職域争いにおける境界線の問題です。

例えば税理士は、本来の税理士業務の付随業務として行う場合には社労士業務を行えるとされています。これは「租税債務の確定に必要な事務」の範囲内とされており、具体的には算定、月額変更、年度更新などが考えられます。

一般的によく知られている業際問題は弁護士と行政書士でしょうか。漫画・ドラマで人気だった「カバチタレ」で行政書士が弁護士のように民事トラブルに介入して代理人として交渉する姿が描かれ、あれは非弁行為ではないのかと指摘されたり、大阪弁護士会がテレビ局に抗議する騒ぎにまでなりました。代理交渉は無償でやって書類作成のみ報酬をもらうから弁護士法違反にはならないだとか、事件性必要説に立つと非弁行為にはならないという理屈らしいですが、士業の業務に詳しくない一般人が見るものとしては紛らわしいのは確かでしょう。物語自体は非常に面白いと思うのですが。

また、公認会計士と税理士、あるいは弁護士と司法書士についてもそれぞれ非常に複雑な関係を築いてきており、熾烈な職域争いになっているともいえますが、経緯を含め非常に複雑で難しい問題であり、とてもここで語りつくせる内容でないので割愛します。

注目すべきは税理士の独占業務だと思います。税理士の独占業務が税務書類の作成や税務相談だということは比較的よく知られていると思いますが、実はこれらの業務は有償・無償を問わず税理士以外の者が行うことはできないのです。これは他の士業とは決定的に違う点であり、実際かなり強力な独占業務といえます。うかつに知り合いの税務相談にのることもできないという訳です。(一般的な税金の相談にのることは可ですが。)資産運用の相談に乗るファイナンシャル・プランナーにとっては現実厳しいところではないのでしょうか。



目の前にある職域問題で悩むより対象となる資格を全部手に入れるのがもちろん一番手っ取り早いでしょうが、現実的ではありません。そこで有資格者を雇ってしまえばと考えた方は注意が必要です。

仮に独占業務に従事できる資格を有する場合であっても、資格を有する本人が直接契約の当事者となって業務を請け負い遂行する必要があります。

これに抵触するケースがよく見うけられるのが給与計算のアウトソーシングです。

近年、給与計算のアウトソーシングは普及してきており、社会保険労務士事務所(または法人)の形式をとらない通常の会社形態の給与計算代行会社が増えています。給与計算代行は通常、労働・社会保険手続きと併せて受託するのが効率的ですが、社会保険労務士でない給与計算会社は手続きを行うことができません。そこで社労士事務所を内包・併設したかたちをとって手続きを受託し合法と主張するケースが多々あります。この場合、手続きの契約が社労士事務所とクライアントで直接締結されていれば違法とはいえませんが、給与計算会社が契約の当事者となっていれば社労士法違反になります。社労士業界にとっては放置すべきではない問題だと思います。



士業にとって独占業務はいうまでもなく重要であり業際問題において妥協は許されません。しかしながら、士業はどの分野においても既に過当競争になってきており、今後独占業務のみに頼ったサービスでは生き残っていくことは難しいかもしれません。サービス業の意識をもって顧客ニーズを模索し、新しい分野を開拓していく努力が必ず必要です。とはいえ士業本来のベーシックな業務をおろそかにすれば士業の存在そのものを否定することにもなり、安定性は失われ足元から崩れ落ちるでしょうか。独占業務を有する士業の業界は転換期を迎えています。非常に難しい。