給与引き下げの実務

ご存じのとおり給料というものは年齢とともに上がっていくのが普通というか当然でした。年功賃金というやつです。給料が下がるなんて考えもしない時代です。

ところが経済の成長がストップしたら、当然給料を上げ続ける訳になんかいきません。不況とリストラです。ニュースでどこぞの会社が業績不振で一律給与カットと報じられても日常の光景です。珍しくもありません。下げないと会社がやっていけないのです。


しかし冷静に考えてみますと、給与って会社(=経営者)の裁量で切り下げたりして法的に問題はないのでしょうか。


会社が一方的に給与を引き下げれば、もちろん違法です。労働契約という契約で給与をいくら支払うか約しているわけですから、いくら人事権の裁量をもっている会社でも賃下げまで自由に行う権限はありません。

労働者は労働契約に従って毎月決められた労働力を提供している訳ですから、その対価である給与を債務者(給与の支払者)のさじ加減で減らしていいはずがありません。

一方的に引き下げれば民事的には債務不履行になりますし、さらに刑事的には労働基準法第24条違反(賃金不払い)で労働基準監督署の行政指導、送検の対象になるでしょう。

意外にこのことを知らずに給与を頻繁に変更する会社も少なくありませんので注意が必要です。

(※なお、懲戒処分による減給はここでいう給与引き下げとは本質的に異なります。)



一般的に給与は、基本給と各種手当に分けられます。手当は通常給与規程において支給要件が具体的に決められていますので、要件に従って支給する義務があります。

注意すべきは基本給です。基本給の性格は会社によってそれぞれ異なり、会社によっては賞与、退職金に連動する場合もあって労働者への影響は大きいものとなります。

賃金制度において職能給を採用している場合、給与引き下げのハードルは高くなります。かつて日本においてはほとんどの会社が職能資格制を採用しており、また、給与規程においても給与を引き下げられない条文になっていました。

詳しくは過去の記事に書いてあります。
年功序列という1つの時代の終焉 - 人事労務コンサルタントmayamaの視点



では給与引き下げはどんなときに認められるのかというと、次の場合には認められると思います。

  1. 従業員が同意した場合
  2. 就業規則(給与規程・人事規程含む)において、引き下げの根拠が規定されており、当該規定および公開された賃金・人事制度(客観的な基準に基づいた評価制度含む)を適正に運用した場合
  3. 経営悪化の状況において、最高裁が過去に示した不利益変更の判断基準を満たすかたちで就業規則を改定した場合


1.の場合は当然同意書をとるべきであると思います。もちろん同意書があれば完璧ではなく、強要がなかったかなどが問題になります。

なお、減額された給与を労働者が何も不満を言わずに受け取り続けたから、既に黙示の同意が成立しているという会社の主張は認められるかという問題がありますが、過去の判例では黙示の同意は認められないとされているので注意が必要です。

2.については形式だけでなく運用面における適正さも求められます。大きな改定の場合には代償措置、経過措置が必要なケースもあるでしょう。3.は慎重な手続きと対応が必要です。2.3.についてはここでは書ききれないため、いずれまた詳しく書きます。



会社がまず取り組むべきことは、給与が契約によって決まっているものだという認識をもち、雇用契約書、給与規程、賃金制度などをきちんと整備して不測の事態にも対応できる体制をとっていくことです。そして、実際に給与を引き下げる場面においては、説明責任を果たし、書面化できるものは全て書面に残し、契約・規程・制度に則って手続きを進めることが重要であることを忘れないで下さい。



関連記事