滅多に来ないが来たらただでは済まない労働基準監督署の調査 その2

前回に引き続き労働基準監督署の調査について書きます。


労基署はどのような場合に立ち入り調査(正しくは「臨検」といいます。)に来るのか。

労基署が対象となる企業を任意に選んで調査する「定期監督」と、労働者の通報を受けて調査する「申告監督」があります。

定期監督についてはランダム調査といわれていますが、ある程度の基準に則って調査対象を決めていると思われます。

  • 就業規則や36協定などを労基署に届け出ていない会社
  • 特別条項付き36協定(限度基準を超える長時間の残業を合意する特別な協定)を届け出ている会社
  • 36協定において協定した時間が労災認定基準を超えている会社
  • 過去数年のうちにに労基署から是正勧告を受けている会社

などは調査にくる確立が高いと考えておいた方がよいと思います。業種についても一般的に長時間労働の多い小売・サービス業や運送業労働安全衛生法違反事例の多い建設業・製造業、さらに最近は介護業が重視されていると考えられ、他業種より調査頻度が高いかもしれません。

申告監督はたいてい会社とトラブルを起こして辞めた従業員が労基署に申告して調査に入るケースがほとんどであるため、従業員が退職する際には注意が必要です。申告してきた労働者の話や証拠にある程度の信憑性が確認できて、法違反が特定できそうであれば監督官は調査に動くでしょう。



調査はある日突然会社に監督官が訪れる場合もあれば(※これが原則)、事前に電話やFAXで連絡をしてきて調査の日時を指定されることもあります(※実際はこちらの方が多い)。「出頭要求書」により資料を持参のうえ監督署まで呼び出される場合もあります。

もちろん会社側にも都合がありますから、事情のわかる責任者や担当者が不在だったり、資料がすぐに準備できなかったり、業務に支障が生じる等があれば、監督官に説明し、日程を変更してもらえないか交渉を試みるべきだと思います。

ただし、ここでくれぐれも注意したい点は、原則的には臨検調査は拒否できないということです。監督官が日程変更に応じればよいですが、認めないと判断された場合には、そのまま調査を受け入れなければなりません。


申告監督の場合は、申告した労働者の名前を教えてくれるときもあれば言わない場合もあります。特に申告者が在職中の場合には、会社が報復的な措置をとることを警戒して誰が申告したのかを教えてくれません。誰が申告したのかと訪ねて監督官が何も言わなければ定期監督ではなく申告監督の可能性が高いでしょう。調査後によく犯人捜しをする会社がありますが、社内の雰囲気が悪くなることは明らかですのでこれは絶対にやってはいけません。



調査の流れは、まず36協定のチェックから始まり、その後、賃金台帳や出勤簿、就業規則・賃金規程などに基づいて賃金や残業代の未払い等がないかを調べていくのが通常です。従業員を何人かピックアップして計算し、そこで未払い等が発覚すれば、
「対象者全員を調べたうえで過去3ヵ月〜2年分さかのぼって全額支払いなさい」
という指導をうけることになると思われます。(賃金債権の消滅時効は2年であるため遡りは長くても2年ですが、実際には3ヵ月の遡及を勧告されるケースが多いように感じます。)

労働者の申告を受けての調査であれば、当該違反事項について尋問を受けることになります。尋問は経営者や担当者だけではなく、場合によっては現場への立ち入り調査を行い、従業員を数名別室に呼び出して聴き取りに及ぶこともあり得ます。

監督官からの質問は誠意をもって明確に回答すべきです。要領を得ない対応ばかりしていると不信感をもたれ、さらに厳しく調べられる可能性があります。

残業代の不払いについて証拠となるタイムカードや賃金台帳の改ざんを行ったり、タイムカードを打刻させた後に残業させたり、書類を隠蔽したり、監督官に対して虚偽の報告を行いさらに従業員にも虚偽の証言を強要する会社もあるようですが、見つかったら本当にただでは済みません。監督官が疑念をもった場合、法定帳簿だけでなくパソコンのログデータメールの送受信履歴、機械警備記録を確認したり、業務報告書・日報などの社内資料を調べたり、従業員を一人ひとり尋問するなどして徹底的に調べてくる可能性があります。そうなればまず隠し通せるものではありません。違反そのものが重大でなかったとしても非常に悪質な会社だとして行政指導だけでは改善させるのは困難だと判断されます。現実的に送検を覚悟すべきです。



法違反が確認されたら最終的に違反事項を改善するよう「是正勧告書」を交付されることになります。是正勧告とは行政処分ではなく行政指導であるため、実は法的な強制力はありません。また、労基署および監督官の職務とは、労基法違反について将来に向かって改善させるための措置を行うことであり、過去の未払い賃金を支払わせるような民事介入は本来の職務ではありません。

しかし、前回の記事でも書いた通り、監督官には行政指導のほかに送検の権限をもっており、その職権を背景に支払いを勧告してくるわけです。ダメージを最小限に抑える為には是正勧告に誠実に従うべきであり、間違っても適当な対応でごまかしてはいけません。(労働者の申告が間違っているなど、会社が正当に主張すべきことを控える必要はありませんが)指摘された事項を是正したら是正報告書を監督署に提出することによって全てが完了します。



先ほど残業代の未払いについて触れましたが、近年労働者からの未払い残業代の請求は増加の一途を辿っています。残業代の未払いがある会社において、労基署に申告されることは、弁護士を介するなどして直接請求されるよりもある意味会社にとって痛手になることが考えられます。

直接請求される場合には当事者間のみで解決することも可能ですが、労基署が調査に入った場合は、前述したように「該当者全員」に支払うよう指導されてしまうため多額の支出が予想されます。

サービス残業に係る直近の厚生労働省のデータでは、是正支払額の平均が一企業当たり950万円(平成21年度)・889万円(平成22年度)(※100万以上支払い企業中)となっており、労基署調査が入った時の資金的なダメージが決して小さくないことがお分かり頂けると思います。


さらに厚労省は新しい試みとして昨年11月に、労働基準監督署への情報提供の窓口として24時間受付が可能なメール窓口を開設しました。

※窓口URLは以下です。
労働基準関係情報メール窓口

この窓口への申告が今後労基署でどう取り扱われ、監督行政にどう影響を与えるのかはまだ様子を見なければ分かりませんが、労基署への違法行為の申告の敷居が下がったことは間違いありません。企業における労務管理の重要性はますます高まっていくものと思われます。




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