「40歳定年」構想の本質を考えてみる

昨日、当ブログに数時間のうちに凄まじい数のアクセスがあり、リンク元をたどったところ、ヤフートピックスの「40歳定年」の記事からのアクセスであることが判明。


※繁栄のフロンティア部会報告書
http://www.npu.go.jp/policy/policy04/pdf/20120706/shiryo3.pdf


野田佳彦首相を議長とする国家戦略会議の分科会が、将来の構想を報告書にまとめたようで、かなり話題になっているようです。

皆が生き生きと新しい分野にチャレンジでき、人材が最大限活用され、安心して子育てもできる環境も整い、家族を含めたコミュニティーの互助精神による心の豊かさと、高くはなくとも緩やかに成長する経済の豊かさが両立している社会

このような社会を形成するために、40歳定年が必要なんだそうです。
この件についてちょっと書いてみたいと思います。



定年を40歳にするとはどういうことか

定年とは、ある一定の年齢に達した時に自動的に労働契約が終了する(退職)という労使の合意によって決められる制度です。

定年を定めるか定めないかの判断は企業の自由であり、また、定年を何歳にするのかも法律で決まっている最低年齢(現行60歳)をクリアすれば任意に決められます。

「定年を何歳にするかなんて国が決めることじゃない。」という意見がありますが、国は定年年齢を決めているのではなく、定年を企業に好き勝手に決めさせると雇用政策上まずいという判断から最低年齢という規制をかけているわけであり、国が一切口出ししないということであれば、企業は25歳であろうが30歳であろうが自由に定年を設定できることになります。



なぜ定年を下げた方がよいという話がでてくるのか

建て前の話は置いときまして。

日本では、成果主義が浸透したといわれる近年でも年功序列型の賃金体系が依然として残っており、若年層に比べて圧倒的に高い中高年労働者の賃金は企業にとって大きな負担となっていますが、一方、能力面で見ると、40歳以降の能力・スキルの伸びは40歳以前に比べ鈍化するのが一般的であり、賃金とパフォーマンスが比例しないものと考えられます。(※中高齢者の雇用が若年層の採用抑制、昇給の抑制に影響していることは否定できません。)

はっきり言えば、企業は40歳以上の労働者のうち有能なパフォーマンスの高い人だけを都合のよい時まで残し、それ以外は辞めてもらいたいと考えていますが、現在の日本の解雇規制の中ではそれは容易ではありません。

年功賃金、解雇規制を前提とする日本の雇用システムにおいて、有無をいわさず自動的に高齢労働者を雇用関係から外すことのできる定年という制度は、企業にとって今までもこれからも必須のものといえますが、現行の定年年齢を引き下げることで企業側にとってより効率のいい人材戦略をとっていきたい(つまり安くていい人材だけを確保し、それ以外は放出)という財界からの要請があるのではと勝手に推測する次第です。



40歳定年にすれば、本当に全ての国民が75歳まで生き生きと安心して働ける社会を形成できるのか

そうなるとは思えません。

この議論の中で、将来的に雇用は有期契約を基本とすべきといわれているようです。40歳定年後はみんな有期労働契約を更新することによって75歳まで働くことを想定しているようです。これは有期労働契約というものを大きく履き違えています。

有期労働契約とは本来、臨時的に発生する業務の為に、あるいは一時的に必要なスタッフ数を確保する為に雇入れることを前提としている雇用形態であり、企業がこれに反する目的(つまり恒常的な業務に使用し、都合のよいときに更新を打ち切る目的)で有期契約労働者を利用している現状があるからこそ雇止めの問題が絶えず発生しているのです。

定年年齢を40歳とし、雇用を有期契約中心にしていくことこそ、まさに企業にとって都合のよい人材を都合のよい期間だけ使用できるという企業側の要請に即した雇用システムであり、今回掲げられている構想とは全く逆の不安定な方向へ進むものと考えられます。



40歳定年になったら中高年はみな職を失うのか

「40歳を過ぎてからの職探しがどれほど厳しいと思っているのか」という悲痛な意見もみられますが、全ての企業が一斉に定年を引き下げることになれば、パフォーマンスの悪い高給取りの社員が大勢退職となり、企業はその分の人件費を別の雇用に充てることができますので、定年再雇用になる社員も少なくはないと思われます。一方、定年再雇用されなかった社員についても別の何らかの職に就くことはある程度可能なのではないかと思われます。

定年再雇用者の中の一定数の優秀な社員は高い賃金で厚遇されることになり(イメージとしては年俸制のエグゼクティブ)、そして大多数はこれまでよりはだいぶ賃金水準は落ちることが予想されます。もちろん有期契約である以上、安定性はありません。これは優秀な社員についても同様です。この意味においては確かに労働市場は今より流動化するのでしょう。



今回の報告書の構想を目指すためには本来どうするべきなのか

定年とは雇用における年齢差別です。年齢のみを理由に雇用関係を終了させるのです。それがいいか悪いかはともかく、新卒一括採用、年功賃金、解雇規制という雇用システムの中で、定年という制度が果たしてきた役割は大きいといえます。

今後、年齢に関わりなく能力・技能によって広く高齢者まで活躍できる社会を目指すのであれば、これは年齢差別をなくすということであり、定年規制を廃止するのが本来の正しい方向性ではないかと思います。定年を40歳にするということは、むしろ年齢差別を強化することとも受け取れますし、それと有期雇用契約を中心にしていくという考えとの間にはもはや整合性は見られません。

また、定年を廃止することと併せて採用や退職、賃金の決定等についても年齢的要素を排除する必要があり(ある意味においてはアメリカの職務給的運用)、何よりも現行の解雇規制に手を加えることが必須であると思われます。

年齢差別を廃止し、20歳でも80歳でも能力があれば正当な評価を受けて活躍できる、それは反面、定年までの雇用保証というものはもはやなく、本人のパフォーマンス次第では退場を余儀なくされることも当然あり、しかし不当な解雇・雇止めはもちろん許されず、そして流動性のある労働市場が存在する、そのような社会にするために果たして「40歳定年」が必要なのでしょうか。



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