労働基準監督官による刑事立件のハードルの高さ

九州鹿児島管轄の労働基準監督署が、原発の作業員7人が死傷した事故について労働安全衛生法違反容疑での立件を断念したというニュースです。

http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/120822/cpb1208221533004-n1.htm

労働局によると、現場監督が死亡し十分な裏付け捜査ができないためで、昨年3月に捜査を打ち切った。ただ危険な手順書に基づいて作業をさせたなどとして、九電と関連会社には同法に基づく是正勧告をした。


労働基準監督官は普段は行政官として労基法・労安衛法などに基づいて企業の行政指導にあたっていますが、法違反が悪質であったり、正式な告訴手続きがとられたりしたときは、特別司法警察員として刑事訴訟法に基づき刑事手続きを進め、最終的に検察官へ送致(送検)することになります。

行政官と司法警察職員は職責も権限も全く異なります。監督機関による「調査」から、捜査機関による「捜査」に切り替わります。労基署は捜査機関ではないので捜査はできません。

ですから労働者が労基法違反を申告する場合は通常は労基署あてに行いますが、告訴状を提出して処罰を求めるのであれば労基署あてではなく司法警察員あてに行うことになります。監督官に行政権限の発動を求めるのか、それとも刑事訴追を求めるのかによって異なるのです。


今回の事件では、裏付けの証拠が不十分であるため労安衛法違反による送検は行わずに捜査を打ち切り、行政指導(是正勧告)に終わっています(※業務上過失致死傷容疑では県警から送検される予定。)

通常の民事による労働トラブルとは違って、刑事裁判では証拠が乏しい場合は法違反が特定できず無罪と判断される可能性が非常に高く、そのため労働基準監督官は立件・立証が可能かどうか非常に厳しい視点で検討します。刑事立件が難しく、かつ企業が是正勧告にも従わない状況であれば、労働者は労働審判などの民事手続きをとっていかざるを得ないでしょう。「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の原則とそのハードルの高さを認識させられる事件だと思います。




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