会社から労働者に対して損害賠償請求はどの程度可能かを考える

会社が従業員に対して行う損害賠償請求の最も典型的な例は、従業員が会社の車を運転中に事故を起こすケースです。

このケースでは有名な裁判例があり(茨石事件)、労働者の過失で自動車事故を起こし会社に損害を与えた場合であっても、会社が労働者に請求できるのは「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」とされ、結果的に「損害額の4分の1が限度」と判断されました。

ここから分かるように、平均的なレベルの労働者が普通に勤務をしていて事故等を起こし会社に損害を与えたとしても、労働者側に余ほどの過失があるか、または故意と立証できない限り、会社は従業員に損害を賠償させるのは現実かなり難しいということです。




そして最近は、損害賠償がらみで急増していると思われるのが、「労働者の退職時」、あるいは「労働者から会社への残業代等の請求」を発端とするトラブルです。


すなわち、労働者を辞めさせたくない、または辞めさせるにしても欠員補充や引き継ぎの期間を十分に確保したいので退職日を延ばしたいと考える会社が、最短の日程での退職を申し出る労働者に対し、当該労働者が抜けた影響によって業務に支障がでることを主張し、その損害を請求する旨を通告してくるパターンが1つ。

状況にもよるでしょうが、労働者が法律で認められている範囲内において退職を希望しているのであれば(※つまり退職を申し出てから2週間経過以降に退職するということ)会社は法的に引き留める術はありません。もちろん有給休暇が残っているのであれば、退職日までの期間に消化する行為を止めることもできません。

それによって業務の引き継ぎに支障が生じたからといって、労働者に損害賠償を請求しても認められるわけがありません。(労働者が悪意をもって引き継ぎに一切協力せず、現実に生じた損害を会社が立証できれば可能性はゼロではありませんが。)

さらに、辞めたいと言っている労働者に対して、認められるはずもない損害賠償請求をチラつかせるのは恫喝ともいえる行為であり、強制労働を強く禁じる労働基準法の趣旨からしても、会社はすべきではありません。



もう1つのパターンは、労働者が未払い残業代、解雇、セクハラ、パワハラ等について会社に対し対応を求めるアクションを起こした際に、会社が弁護士を通して

「在職中の仕事のミスによって会社は多大な損害を受けたので、損害の賠償を求める」

といったような内容証明を送ってくるものです。

上記のような内容証明が会社から送られてくるケースは通常、労働者が弁護士をたてずに単独で会社に対して違法行為等を追及した場合が多いのではないでしょうか。つまり、本気で賠償させようとしているのではなくて、労働者側の請求を引っ込めさせることを意図した損害賠償請求も少なからずあるのではないかと思われます。

いずれにしても、冒頭の自動車事故の話でもふれた通り、労働者のミスによる会社の損害を労働者に賠償させるのは相当に難しいというのが大前提になります。

また、最後の給料や未払いの残業代を支払わずに、それらを損害の補てんに充てたというトンデモナイことを言い出す会社もありますが、勝手に損害額を賃金から天引きすることは明確に違法です。賃金と損害賠償との相殺はあくまで労働者本人が希望した場合のみ許される行為なので注意です。




会社から労働者への損害賠償請求で他に考えられるものには、労働者が秘密保持義務競業避止義務に違反したケースがありますが、これらが問題になるのも通常は在職中ではなく退職後が多いと考えられます。

退職後の秘密保持義務・競業避止義務違反を問うには、就業規則および雇用契約書において、契約終了後もそれらの義務が継続する旨を明記しておく必要があります。

退職時の引き継ぎ義務とあわせて会社はしっかり規定しておきたいところですが、ただし、賠償額まで定めてしまうと労基法違反(第16条 賠償予定の禁止)になりますのでここも注意すべき点です。




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