固定残業代(定額残業代)の翌月への繰越

毎月固定の残業代を支給する手法は中小企業を中心に定着しつつあると思われます。

何時間分の残業代としていくらを支払っているのかを明確にしたうえ他の賃金と区別し、実際の残業が定額分を超過した場合の差額を毎月きちんと支払っていれば、固定残業代は違法な運用とはいえないというのが労働基準監督署と裁判所のスタンスです。

固定残業代を運用することで会社としては相当程度に残業代を抑える対策になっているはずですが、残業が発生する月もあまり発生しない月も同じ金額を払っているからなのか、もう一歩踏み込んでこんな考えが経営者の頭をよぎります。


「毎月一定額の残業代を出しているのに、残業が少なかった月は払い過ぎだから勿体ない。実際の残業時間分との差額を翌月以降に繰り越せないのだろうか。」


まず、結論から言いますが、「繰越ができないとはいえない」、という回答になります。

根拠は、「SFコーポレーション事件」という平成21年の裁判例です。

定額残業代の未消化時間部分の翌月への繰り越しについて、

1.給与規定によりその旨を定め、
2.労働条件通知書兼同意書により社員に通知しかつ同意を得ていた

という要件を満たせば認められるというものです。
(この場合、労働基準法上、繰越額は翌月以降の残業代の前払いの性格を有するという法律構成になるようです。)


ではなぜ、繰越はできると言い切らないのか。
経営者は遠慮なく定額分に達しない未消化分について翌月に繰り越していいのではないかと聞かれると、個人的には繰り越しはお勧めはしません。



まず、上記の判例はあくまで地裁レベルのものであり、確定的な判決ではありません。今後、この件に関する訴訟が起きた際に、最終的にどのような判断が下されるのか予測がつきません。

また、この判例に関する監督行政のスタンスは一切示されていません。

仮に固定残業代の翌月繰越を規定した就業規則労働基準監督署に届け出る時点で注意を受けるかもしれませんし、実際に制度を運用したのち労基署から臨検を受けた場合、かなりの確率で違法性を指摘され、是正勧告を受ける可能性が濃厚だと思われます。その際、監督官に対して、「繰越を認める裁判例があります」と抗弁したところで対応が変わることはないでしょう。

現時点では、監督行政の見解は記事冒頭に書いた要件を満たした場合に限り「固定残業代は違法ではない」ということであり、「繰越は違法」というスタンスであると考えられます。


どうしても繰越の運用をするということであれば、先ほど書いた通り、就業規則および雇用契約書にその旨を規定するのはもちろんですが、さらに各月の給与明細において、「いくらが未消化分につき次月に繰り越す」ということを明記すべきであると思います。有効性について一切保証はできませんが。




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