解雇規制の緩和は、企業の人事権・業務命令権の低下と引き替えである

政府の有識者会議で、「正社員を解雇しやすくすべきだ。」という意見がでて、ネットを中心に話題になっているようです。


「正社員を解雇しやすく」 安倍政権の有識者会議で議論
http://www.asahi.com/business/update/0307/TKY201303060639.html


正社員を解雇しやすくする目的はもちろん労働市場の流動化です。こういう議論になると一般的に企業はウェルカムですし、逆に正社員として働く労働者からは批判されることの方が多いかと思われます。

現状の雇用ルールのまま、ただ解雇規制だけが緩和されるという話であれば、確かにそれは企業にとってのみおいしい話であって、労働者からすれば何もいいことはない、リストラが助長されるだけだしブラック企業がますます労働者を使い捨てにするのではないか、と考えるのは当然です。



しかし、解雇規制を議論するうえで忘れてはいけないのは、日本の企業に広く認められている包括的な人事権、業務命令権は、長期雇用保障が前提になっているということです。

ちなみに人事権、業務命令権というのは、具体的には例えば異動・配転命令、あるいは上限なしの残業命令などです。基本的に労働者は、企業から出張、配置換え、転勤、職種変更などを命じられたら従わなければなりません。残業命令も当然です。従えないのなら、その会社から去らなければならない、というレベルの強力な企業の権限です。ときには長期雇用の見返りとして労働条件の引き下げ(不利益変更)さえも認められることになります。

つまり、

「労働者がいったん入社したら煮るなり焼くなり企業の好きにしていい、その代わり定年まで責任をもって雇いなさい。」

というのが日本の雇用システムなのであって、裏を返せば、解雇規制を緩和するのなら、今までのように煮るなり焼くなり企業の自由にさせるのはどうなのか、今まで通り労働者に対して広範な権限を行使したあげく解雇規制緩和による解雇の正当性のみを主張するのは許されるのか、ということが問題になると思います。



上記の雇用システムはもともと法律に規定されていたわけではなく、日本の裁判所の判断によって形成されてきたシステムです。

というのも、労働基準法等の法令によれば、「正社員の解雇を容易には認めない」というような規定はなく、1ヵ月前の予告さえあればいつでも契約を自由に解除できるようになっていたのですが、いざ裁判になると、解雇権濫用法理(あるいは整理解雇法理)が適用され、法律で自由とされていたはずの解雇が裁判所の判断によって厳格に規制されてしまうという流れが、世界でも稀なくらいの強力な解雇規制として一般化していったのです。(※現在は労働契約法によって解雇権濫用法理は法定化されています。)

一方、日本の企業の人事権、業務命令権といった労働契約に付随する権限もまた裁判所によって広く認められてきたものであります。

解雇規制の緩和が政府主導で法令によって実現されることになれば、引き換えに企業が現在保有する強大な人事権、業務命令権に対して司法面での(あるいは立法面での)影響は及ぶ、という視点はもっていたほうがよいと思います。




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