プライベートの喫煙を会社が就業規則で禁止できるのか

世間の喫煙者への圧力の高まりに伴って、企業における喫煙のルールも厳しくなる一方の昨今ですが、最近その中でも一歩踏み込んだ企業の施策が話題になりました。

SCSK、懇親会も喫煙NG 就業規則に追加
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO10246770S6A201C1TI5000/
日本経済新聞

SCSKは社員同士の懇親会などの場で喫煙を禁止する項目を就業規則に追加した。


プライベートもタバコNG 大手IT企業の仰天「就業規則
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/195480
日刊ゲンダイ

就業時間外まで禁煙を強いるのは前代未聞だ。

たとえ社員2、3人で仕事帰りに居酒屋で一杯やる時でも喫煙を禁じるようにしました。社員同士でゴルフに行った時や同期会も禁煙です。

これまで企業の禁煙に関しては、「喫煙者を採用しない」方針の星野リゾート、外出先・出張先・移動中を含め「勤務時間内のあらゆる場所での禁煙」を実施したリコーなど、様々な施策がニュースになってきました。

ただし、今回の禁煙施策はそれ以上といえます。最大のポイントは勤務時間外のプライベートともいえる時間まで喫煙を禁止した点にあります。ネット上では、そのような規則は無効とか、行き過ぎだとか、「喫煙は個人の趣味・嗜好の問題」であるとか、多くの批判的な意見がみられますが、以下ポイントを絞って書いてみたいと思います。



単なる服務規律なのか、懲戒事由となる得るのか

大前提として、

就業規則で禁止したと一口に言っても、単に行動規範を示しただけなのか、それとも行為が発覚すれば懲戒処分の対象となるのかによって、社員への影響は全く異なってきます。一般的に禁煙に関する規定は、服務規律として定めただけで罰則なしというケースも少なくありません。(ちなみに今回の件がどちらなのか、前述の記事を読んだだけではよく分かりませんでした。)



勤務時間外の行為を会社が規制すること自体が不可能なわけではない
ご存知の方も多いと思いますが、社員の勤務時間外の行為を規制し懲戒処分の対象とするケースはいくらでもあります。

例えば

  • 社員間の勤務時間外における政治的・宗教的な勧誘活動や販売活動
  • 副業(会社の信用を傷つけるような副業など)
  • 私生活上の飲酒運転
  • セクハラ・パワハラ(仕事終わりの飲みの席などにおけるセクハラ・パワハラ行為など)

勤務時間外の行為だから会社が口を出すのはおかしいというわけではありません。勤務時間内外を問わず、会社の秩序維持等の為に必要であれば、会社は社員の行動に対し一定のルールを課すことができるわけです。



懇親会や飲み会の禁煙ルールには合理的な理由がある

今回の件で会社が禁煙を導入した大きな理由は、懇親会や社員同士の飲み会などの席でタバコを吸わない社員が喫煙者に気を使って何も言えず、受動喫煙を強いられるような状況をなくす為には、社員たちの自主規制だけでは難しいと判断したからだと考えられます。

そもそも上司・部下や先輩・後輩などが混在する懇親会や飲み会は、職場から切り離された完全なプライベート空間とは言い切れません。そのような場で立場的に優位な社員が、非喫煙者である社員の前でタバコを吸う行為は、客観的にみたら嫌がらせ以外の何者でもありません。(例え当人にその自覚がなかったとしても。)

例えば、パワハラの定義の重要な要素には「優位性」というものがありますが、これは被害者が加害者から実質的に「逃げられない」状況であることを指します。

喫煙行為がパワハラに該当するという話ではありませんが、パワハラと同じような視点にたてば、懇親会や飲み会がプライベートの時間といいながらも、人間関係の複雑な会社組織において、タバコの煙の充満した「プライベート空間」から文字通り「逃げられない」社員が一定数存在することを前提に考えるのが当然であり、そのような不本意受動喫煙を会社が放置することは、突き詰めれば企業の安全配慮義務に反するのではないか、という考え方もできます。(完全に持論ですが。)

今回の施策が行き過ぎた行為として批判する論調もありますが、私は非常によい施策だと考えます。このような踏み込んだ施策を実行する感度の優れた会社が、今後優秀な人材を獲得していくのではないかと思います。



プライベートの禁煙を定めた就業規則は法的に問題ないのか

今回の該当企業はあらかじめ顧問弁護士等に相談をした上で法的に問題ないと判断し、就業規則に規定を追加したのだと予想されます。

就業規則で懇親会等の喫煙を禁止することはもちろん違法ではないと考えられます。仮にもし問題が起こるとすれば、懲戒処分を定めた上で実際にそれを適用する段階です。ルール違反に重い処分を科し、それに社員が不服を感じれば、最終的には裁判所の判断ということになるでしょう。とはいえ、世の中の企業の就業規則には、現実に裁判をしてみなければ有効性の疑わしい懲戒事由はいくらでもあります。今回の件が例外というわけではありません。前例のない新しい規定を追加する時点では誰もその規定の有効性を断定できません。

労働契約法では「労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は懲戒を行う権利を濫用したものとして判断されます。

  • 露骨に非喫煙者の目の前で吸ったり煙を吐き掛けたりして行為が悪質
  • 注意されても繰り返し違反が続く
  • 懇親会の出席者が多く実質的に強制参加に近い(勤務の延長的な性格が強い)
  • 非喫煙者の不満やクレーム、被害の申告等が確認される

様々な状況が考えられる為、処分の適用も一刀両断ではなく柔軟に考えるべきだと思います。

個人的には、仲のよい喫煙者の同僚2人が会社帰りに居酒屋行ってタバコをぷかぷか吸うのは放っておいて構わないと思いますが、そこに1人でも非喫煙者、特に上司や管理職以外の立場の弱い社員が加わるのであれば、まず細かい状況を確認した上で処分の可能性を検討してもよいのではないかと考えます。もちろん懲戒解雇が認められるような行為ではありませんが。


以上から、今回の懇親会等での喫煙を禁じる規則の導入、やってみる価値はおおいにあると思います。




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<シャープ買収>40歳以上が拒否される雇用システムを支持してきたのは誰か

シャープが台湾企業ホンハイの傘下に入ることが決まり、ホンハイは買収の条件として「40歳以下の従業員の雇用の維持を約束」していると言われています。

つまり、40歳を超える従業員の雇用は一切保証されないことになりますが、これはホンハイが血も涙もないからではなく、極めて合理的な決断であり、もっと言えば、シャープの40代・50代の従業員を含め、おそらく日本の多くのサラリーマンが望んだ結果であるものと考えられます。

日本の多くの企業ではいまだ、給与が毎年少しずつ昇給する年功序列型の賃金制度が使われており、成果主義を採用しているという企業であっても、業績等によってある程度の差はつくものの、結局は属人的な給与体系であって、年齢や勤続年数が給与に大きく関係するのが実情です。

そして、こうした年功型の人事制度がずっと運用され続けてきたのは、会社側だけでなく従業員側もまた強く望んできた結果だといえます。近年、安定した企業へ就職したいというサラリーマンの安定志向は若者まで浸透していますが、安定した企業とはつまり、仕事によって給与が決まったり成果によって年収が大きく上下しない会社、つまり年功型賃金の企業のことです。

多くのサラリーマンの望む安定した会社、つまり給与が年齢・勤続に応じて少しずつ上がっていくような会社は、20代・30代の若い頃はパフォーマンスに比べて給与が安く、40代・50代になってから昇給カーブに乗ってパフォーマンスを超える割高な給与がもらえるものです。

言い換えれば、若いうちは将来の出世と引き換えに一生懸命働いて会社に一杯貯金をつくり、年配になったら動きは落ちてきちゃったけどその代わり会社にたくさん貯金があるから高い給料をもらって定年まで安泰という感じです。

ところが、この安定には大きな大前提があって、それは企業が変わらずに「存続」しているという点です。

今回のシャープのように、若いうちに割安な給料で残業こなして異動にも応じて会社の為に精一杯尽くしてきたのに、さあこれから年功制のリターン部分を享受するぞ、というまさにその段階で、今回のような買収があれば、若い頃の貯金が全部貸し倒れで消滅してしまうこともあり得るという訳です。みんなが入社したがる安定企業が民間企業である限り、このリスクを内包しているのは当然です。

「40歳以下の雇用が維持され、40歳を超える雇用が保証されない」ことは、紛れもなく安定志向を望む多くのサラリーマンたちが自ら望んだ結果であることは間違いありません。

いずれにしても経営再建の為にリストラが必要不可欠だという状況の中で、いままで年功制の中で割高な給与を支給されてきた40歳超の従業員を「要らない」と考えたホンハイの判断は合理的としか言いようがありません。年齢だけを理由に高い給与が支給される従業員を雇用し続ける方が余ほど不合理といえます。

シャープがもし仕事と業績によって給与が決まる完全実力主義の会社であったなら、「40歳以下は〜」といったような年齢で一刀両断されることはなかったかもしれません。今回のような取扱いは年齢による差別といえます。しかし、多くのサラリーマンは、この年齢による差別を望んでいる現状があります。競争よりも安定を望んでいるからです。そして、いま見えている安定とは、年齢に応じて給与が上がっていくという年齢による差別ともいえる、いつ消滅するか一切保証のない、まやかしの安定だと思います。

「定年制の廃止」できる会社とできない会社

ジョイフルが定年制を廃止するというニュースがありました。

ジョイフル:正社員60歳定年制廃止 パートも雇用継続 - 毎日新聞


以前から定年制を廃止する企業のニュースはたまに見かけますが、定年廃止は企業にとって非常に勇気のいる決断です。

定年廃止は、何のトラブルもなく自動的に従業員を退職させるための唯一のシステムがなくなることを意味します。正社員は基本的にみな無期雇用なので、自分から辞めたいと言わない限り何歳まででも企業は雇い続けなければならないということになります。高齢でパフォーマンスが落ちてきたというくらいでは、解雇なんかまずできません。


そんなリスクを負ってまでなぜ定年廃止に踏み切るのか。このままではもう立ち行かないくらい人材が不足しているからです。定年廃止をアピールすることでより優秀な、より多くの人材を獲得したいのです。


とはいえ企業が定年を廃止する為には、どうしても越えなければならない壁があります。「年功序列」の壁です。定年廃止には実力主義が不可欠なのです。

日本の企業の多くは年齢によって給与や昇進が決まります。「最近は成果主義が増えているじゃないか」というかもしれませんが、そんなことはありません。能力主義とか成果主義とうたっているような企業でも、中身を見てみると「年功的な成果主義」だったりします。人事評価によって差はついても、全体的にみると結局年齢や入社年次が大きく影響しているという感じです。

したがって、日本企業の給与は上がることはあっても下がることはあまりないのが現実です。下手に給与を下げられないのに加え、上には管理職がいっぱい詰まっているので、最近は特に大企業は30代くらいで早くも頭打ちだったりします。

このような制度のまま定年を廃止したらどうなるでしょうか。あっという間に人件費が肥大化して経営危機に陥ります。会社で最も高給かつパフォーマンスの落ちている層がそのまま退職せずに残るわけですから当然です。

これまでだったら60歳あたりで一回仕切り直して、まず給与を思いっきり下げて、最終的には動きのいい人だけ再雇用で残すというやり方でやって来れたわけです。定年を廃止すればそうした人件費圧縮も選別も一切できなくなります。

ですから定年廃止する企業は給与も昇進も全て実力主義で決定する必要があります。決して60歳間際の社員の給与が高いとは決まっていません。年齢で給与が決まらないのだから、年齢で退職も決まらないということです。年齢による差別を一切やめることこそ定年廃止です。一方、年功序列は年齢による差別の代表格といえます。

また、労働者が何歳まででも会社に残る代わりに、パフォーマンスに応じて給与が柔軟に決定され、場合によっては給与を引き下げることのできる人事・賃金制度が必要になります。透明かつ客観的な基準による制度を適切に運用しなければ、給与の引き下げは法律的なトラブルを引き起こしかねません。年功序列の企業ではまず無理だということです。

今後、労働人口の減少にともなって定年制を廃止する企業は次々と出てくるでしょうが、はたしてこの年功序列の壁を乗り越えることができるのか、そこが大きなポイントだと思います。

マイナンバーで副業バレたからといって会社はクビにできるのか

マイナンバー制の導入に伴い、副業がバレてみんな大変だという記事をよく見かけますね。マイナンバーが原因ではたして本当に副業がバレるのかに関しては多くの記事で言及されているようなので、ここではあえて触れません。

それより個人的に気になるのは、「多くの企業が副業禁止規定を備えているから、バレたら処分や解雇を免れない」みたいな前提です。

まるで副業禁止規定の有無が鍵みたいな言い方ですが、実のところ副業禁止規定があるからといって簡単に従業員を処分できるわけではありませんし、解雇なんかまず無理です。従業員が副業をするのは勤務時間外なわけですから、プライベートの時間で副業をしようが何しようが本来自由なはずです。憲法で保障された基本的人権です。

したがって、企業は副業を禁止する規定を定めるべきではなく、副業を許可制にして管理し、範囲を限定して禁止する運用にしなければ法的に危ういのです。

禁止する条件は、「副業による疲労で業務に支障をきたす」とか、「会社の信用を傷つける」、「ライバル企業で副業している」とか、限られたケースだけです。しかも会社は争いになった場合、従業員の副業によって被った損害を実際に立証しなくてはなりません。

副業する側だけではなく禁止する側もけっこう神経を使うのだという話です。禁止規定があるからというだけで安易に処罰すると思いもよらないトラブルに遭うかもしれません。

「代休を繰り越す」「振休がたまる」は法律違反なのか

休日出勤の多い会社からこんな相談を受けます。

「代休がたまってすごい日数になってしまった。今さら買い取るのも難しい。どう消化させたらよいのか。」

こうした質問を受けたとき、まず最初に確認することは、代休がなかなか取れないのはいいとしても、休日に働いた分の給料をいったん支払っているのか、ということです。

支払わずに月をまたいで繰り越しているのであれば、その時点で労働基準法違反になります。

おそらく上記のような会社は、「休日出勤が発生したら後で代休を取らせて賃金を相殺する予定だから、給料日が到来しても別に休日出勤手当は支給しなくてよいだろう」と考えています。

しかし、実はその考え方は大きな間違いであり、社員が代休を取得する権利(もしくは、会社が社員に対して代休取得を命じる権利)は、賃金計算期間を越えて繰り越すことはできたとしても、それによって休日労働の分の賃金の支払いまで猶予することはできないのです。

つまり、代休は半年後に取得しようが、1年後に取得しようが、ある意味会社が自由にルールを決めればいいのですが、代休の分の賃金を差っ引くのはあくまで代休を取得した時でないとダメだということです。まだ、代休を取っていないのに休日労働分を支払わない行為は、「代休がたまっている」のではなく、単に「賃金を支払っていない状態」なのであって、賃金未払いにより労働基準法第24条に違反するということです。

法律的に考えて「代休を取得する権利」がたまることはあるかもしれませんが、「賃金支払いを猶予したまま月を越えて代休がたまる」という状況は本来あり得ません。


あと、一般的に「代休」と「振替休日」の違いが正しく認識されているケースは少ないのですが、「振替休日がたまる」という言い方を聞くこともあります。振休はそもそも事前に振り替える勤務日と休日とがそれぞれ特定されていることが前提です。「いつ休むのか決まっていない」振休など本来あり得ません(候補日を複数に絞っておくことはあり得ますが)。したがって、振休がたまるというのは理屈としてかなりおかしい状況です。多分、振休を代休の意味で使われているのだと思います。


以上から、いわゆる「代休がたまっている」会社は、労基署に勧告を受ける前に「休日労働分の賃金をいったん全て支払う」か、もしくは「一刻も早く代休の取得を命じてすべて消化させる」ということ早急に求められます。

三六協定を結ばない本当のデメリット

最近メディアで名前を見かける「かとく」(過重労働撲滅特別対策班)が今度はドン・キホーテを摘発して労基法違反で書類送検したそうですが、個人的に気になったのは違反の内容です。

http://this.kiji.is/65377333893840902?c=39546741839462401

労使協定で定めた上限を超える長時間労働を従業員にさせたとして、労働基準法違反の疑いで

と記事にあるのですが、こういう書き方ってあまりピンときません。

確かに法定外の残業を1分でもさせる場合は、この労使協定(「三六協定」といいます)の締結と届出が必要で、それを結んでいなかったり、締結はしていても協定した上限時間を超えていれば、それは明確に労基法違反といえます。

しかし、私が知る限り、「三六協定」は実務では全く重要視されていません。

締結していない会社が山ほどあり、協定の存在すら知らない会社も少なくないように思います。その理由は多分、「締結していなくても大した損害がない」からではないでしょうか。

ちなみに労基署が調査に来ると、まず最初に36協定書があるのかどうか確認するんですが、結んでないと分かれば是正勧告書を出してすぐに協定書を作らせて是正完了です。法律上はもちろん違反の場合の罰則も規定されていますが、現実はほぼ適用されません。その場で署名して印鑑押して「はいおしまい」です。そんな感じなので、世の中には36協定を結んでいない会社はごまんとあるのだと思います。(もちろん私の関与先ではきちんと締結してもらっていますが。)


で、今回のニュースですが、「三六協定で定めた上限を超える時間外労働」をさせることがそんなにいけないのかと言えば、労基法違反だからもちろんいけないのですが、ただ今回の事案に関して言えばおそらく「とてつもない長時間労働をさせている」ことが一番いけないのであり、それを牽制するために「かとく」は有名企業であるドン・キホーテを摘発したのだと思われます。

しかしながら、そもそも労基法には労働時間の上限を規制するルールはなく、ある意味「三六協定」さえ結んでおけば青天井にいくらでも労働者に残業をさせられるわけです。三六協定さえきちんと結んでおけばです。

ドン・キホーテは三六協定の上限時間を超えてしまったので、三六協定を締結していないのと同じ状態だったわけで、通常の中小企業だったらその場で協定を結び直しさせられて終わったかもしれません。(断定は一切しませんが。)

ところがニュースでは単なる「長時間労働」ではなく「三六協定で定めた上限を超える」という点が強調されます。「三六協定を遵守しないなんてひどい会社だ」ということになるでしょう。「三六協定」をきちんと締結していないと、会社として大事な信用を失うということを知って欲しいと思います。


ちなみに、いくら労基法では残業時間に上限がないといっても、過労死などが起きたら間違いなく遺族から慰謝料請求されるので本当に上限がないと考えるべきではありません。

労働審判で会社が覚悟すべき支出額

普段私は、本業である企業の労務管理サポートを行う他に、労働者個人からの労働問題・労働トラブルに関する相談を受け、社会保険労務士として可能な範囲で支援を行うことがあります。

昨年(平成25年)は、年間で約150件程度の労働者からの相談に対応し、そしてその中で労働審判の支援まで行った案件が10件でした。ちなみに10件全て解決金を獲得し本人が納得したかたちで解決しています。



労働審判制度は今や、労働者にとって想像以上にお手軽であり非常に使える制度になっています。

もちろん解雇無効による職場復帰を争ったりするのであれば本訴は避けられないとは思いますが、労働者側に金銭解決の意思があるのであれば、労働審判はうってつけの手段です。


裏を返せば、企業は労働審判に持ち込まれた以上は無傷では済まないということです。一定の出費を覚悟しなければなりません。むしろある程度の金銭を支払ってでも、民事訴訟に移行する前に何としても労働審判で和解に持ち込むのが得策だといえます。

現実に、労働審判に出頭してきた企業の担当者や経営者はみな

「1円も支払う気はない。民事訴訟になっても争う。」

という強気な姿勢なのですが、和解協議が始まると例外なく譲歩してきます。

たいていの場合、本訴に進めば会社にとって不利になるうえ、支払額も多くなりますし、余程でなければ本訴においても労働審判と同じ判決になるであろうことを代理人である弁護士から説明され説得されるのでしょう。

感情的に許せないというケースとか、あるいは労働者側の要求額が無茶な金額でない限り、会社側は労働審判での手打ちにおしなべて前向きです。




さて、実際に企業は労働審判を申し立てられたら、具体的にどのくらいお金がかかるでしょうか。

私の経験のみに限定していえば、解決金額は70万円〜150万円くらいになります。

さらに弁護士費用が(労働審判での解決を前提とすれば)おそらく50万円〜100万円くらいになるのではないかと思われます。

合計すると、会社の金銭的な支出額は大体120万円〜250万円くらいになるのでは、と考えられるところです。
(※もちろん紛争に費やす労力や担当者の人件費などは考慮していません。)



労働者側に弁護士が付いているのであれば、その場合の損益分岐点(50万円くらい?)を超えて労働者にメリットのある金額を得られるという見通しを弁護士がつけているはずなので、それなりの出費はまず避けられないと思われます。

弁護士を付けない本人申し立てであれば、労働者側に確かな事件の見通しはありませんので、解決金額を上記よりも抑えられる可能性はあります。

注意すべきは、労働審判は訴訟に比べ裁判官が主導してくれる制度なので、労働者が本人申し立てをしてくるケースは少なからずあるのですが、企業側は必ず弁護士をつけなければなりません。訴える側の労働者は最悪でも解決金を取れないだけで済みますが、会社側はヘタをすれば最終的には(つまり労働審判で終わらなければ)数百万円の支払いでは済まない可能性もあり得るからです。

弁護士費用については、もちろん労働者の請求額によっては上記とは変わりますし、もっと高い弁護士も当然いると思われますが、極端に弁護費用の安い弁護士には注意した方がよいかもしれません。

また、上記の金額においては、残業代不払い、解雇、雇止め、退職強要、パワハラなど紛争の種類を区分していませんが、これは労働審判という制度が通常の訴訟に比べ証拠調べなどの過程をかなり高速ですっ飛ばして行い、かつ、判例をあまり厳格に考慮せず和解を重視してザックリと解決させる傾向にあることから、あまり細かく区分することに意味がないと考えました。
(※もちろん「ザックリ」とは言っても、解雇事案におけるバックペイなど、各事案における相場の金額というものはあります。)



以上から、労働審判は会社にとってやっかいな制度であり、現実に申し立てられた際はそれなりの覚悟が必要であることがご理解頂けるかと思いますが、他方、うまく対応することによって、迅速に被害を最小限に止めることも可能だともいえます。

加えて、労働者があっせんや調停などを申請してきたときには、できる限り低水準での和解の道を探り、労働審判の手前で解決するよう努力することが、結果的には最も支出が少なくなるのではないかと思います。





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