裁量労働制の落とし穴

裁量労働制を導入したいという依頼を企業から受けることがあります。

裁量労働制とは、端的に言えば、法律上決められた一定の手続きを踏むと、現実に何時間働いたとしても、ある決まった時間働いたものとみなすことができる労働時間制度です。

しかし、経営者の方と話をしてみると、裁量労働制について誤解をしているケースが少なくありません。

また、裁量労働制を運用しているという企業をチラホラ見かけますが、結果的に違法な運用をしている企業が圧倒的多数だといえます。制度をよく理解していないのか、それとも確信犯なのかはわかりませんが、法律上の要件を満たしていないのです。



一般的に、企業が裁量労働制の採用を検討する目的は、「残業代の抑制」です。

従業員に裁量を与えた方が柔軟性をもって業務に取り組めて効率性が増し、会社にとっても従業員にとってもプラスになる

というような建て前はともかくです。

長時間労働が慢性化する企業においては、残業代を抑制したいというのはまぎれもない本音だと思います。

(※単純に「決まった時間以上の賃金は払わない」的な意味合いだけでなく、裁量労働制を導入すれば、それまでダラダラ仕事をしていた従業員が急に効率的になって定時で帰るようになるなんていうことも、ままあることです。)

しかし、裁量労働制は誤った運用をすれば残業代を抑制するどころか、後から多額の費用を追加で支払う事態になりかねない制度であり、導入にあたっては慎重を期すべきであることを言っておきます。



前置きが長くなりましたが、具体的にどういう誤解が多いのか、どこを注意すべきなのかを以下に挙げていきます。



1.裁量労働制でも時間外、休日、深夜の割増賃金は必要だということ

裁量労働制は、労働時間をどうカウントするのかという制度であって、「時間外労働に対する賃金を支払わなくてもいい」という制度ではありません。ですから、労使で合意した一日あたりの「みなし時間」が所定時間を超える場合はその分の賃金が必要ですし、法定を超えれば25%の割増も必要です。

「みなし時間を超える分は固定残業代として毎月支給すれば問題ない」

と考える方もいるでしょうが、実はそんなに簡単な問題ではありません。

というのは、まず裁量労働制は休日出勤した場合にももちろん適用されます。例えば所定休日の土曜日に出勤し、1時間だけ仕事をして帰ったという場合であっても、みなし時間が「8時間」と決められていれば8時間働いたものとみなされます。この8時間分は月額給与とは別に丸々賃金を支払わねばなりません。

さらにです。
法定休日ではない所定休日に出勤した場合、(週の法定時間40時間を超えていれば)法律上は時間外勤務という扱いになりますので25%の割増、出勤したのが法定休日であった場合は35%の割増が加算されます。

そして、勤務が深夜に及べば、いくらその日の労働時間が8時間にみなされたとはいっても、深夜割増分25%は加算しなければなりません。

ですから、休日や深夜の勤務をルーズに管理している会社は、せっかく裁量労働制を導入しても割増賃金が膨大なものとなってしまう恐れがあるのです。

対策としては、休日・深夜勤務を許可制にして厳しく制限すること、あるいは休日に関しては裁量労働制の適用をしない定めとすること(※これによって少なくとも休日は原則通りの実労働時間によって時間管理を行えます。)などが考えられます。



2.裁量労働制を運用すれば、労働時間の把握・管理はしなくてよいという訳ではない

裁量労働制を使っていても、実質的には労働時間の管理は必要になります。

なぜなら、裁量労働制を運用する企業には「健康・福祉確保措置」をとる義務があり、その為に労働時間の状況(出退勤・入退室時刻等)を記録する必要があります。

そして、休日、深夜の割増賃金の支払い義務があるということからも、休日・深夜勤務時間の管理が必要になるのは当然です。



3.みなし時間は労使で合意すれば何時間にしてもよいとはいいきれない

みなし時間は労使の合意に委ねられている関係上、みなし時間が妥当とはいえないという理由で協定(or 労使委員会による決議)を労働基準監督署が受け付けないということはないでしょう。

しかし、労基署が臨検に入った際には勤務状況を細かくチェックすることもありますし、実態とみなし時間がかけ離れていれば指導の対象になる可能性は十分にあると考えられます。



4.法令で限定されている対象業務を勝手な解釈で幅広く設定するのは要注意

実態として、自社の全ての職種に裁量労働制を適用させたいと考える企業も存在しますし、無理矢理な拡大解釈で本来対象業務に該当しないような職種まで適用させているケースも少なくありません。

それでも労基署に提出さえすれば運用はできてしまうわけですが、やはり臨検の場面になれば踏み込んだ調査が行われる可能性もありますし、多額の残業代が絡んで訴訟沙汰にでもなればどうなるのか一切保証はありません。



5.その他

案外知られていないことですが、裁量労働制であっても所定の始業・終業時刻を定めることは可能です。(※ただし、所定の時刻に出勤・退勤しないことを理由として不利益な取り扱いをすることは法の趣旨に反しますが。)

また、労働者に裁量があるとはいえ、在社中は職務専念義務がありますし、業務遂行の手段や時間配分の決定を労働者に委ねるとしても、それ以外の事項については必要な指示を行うことは可能です。

業務の目的、目標、期限等の基本的事項について指示することや、途中経過の報告を受け、基本的事項の変更を指示することができるとされています。

以上を駆使して会社は労働者を適切に管理し、長時間労働による労働災害を予防しつつ、無駄な費用の発生を極力抑える努力が必要だと思います。