雇入れ時の健康診断費用は誰が負担するべきか

こんな質問を受けることがあります。


”従業員が入社する際に健康診断書の提出を求めたら、「健康診断を受診させる義務は会社にあるのだから費用は会社が出すべきじゃないのか。」と従業員に聞かれた。会社が費用を負担しなければならないのか?”



雇入時および毎年一回医師による健康診断を実施しなければならないことはよく知られていることと思いますが、費用負担については意外と知られていないのかもしれません。



順番にいくと、
まず労働安全衛生法第66条、および労働安全衛生規則第43条によって、会社は労働者を雇入れたときに健康診断を実施することが義務付けられています。

次に「昭和47年9月18日基発第602号」という通達で、健康診断の費用は当然会社が負担すべきものであるとされています。

しがたって法令によれば、雇入時健康診断の費用を従業員に負担させることは違法ということになります。



しかしながら、私の知る限り多くの会社が雇入れ時の健康診断を労働者に自己負担で受けさせ、入社書類として診断書を提出させているのが現状ではないでしょうか。



法令では以下のような例外規定があります。

「ただし、医師による健康診断を受けた後、三月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りでない。」

この規定を逆手にとり、採用時の提出書類として健康診断書を求めることによって、会社側は雇入れ時の健康診断の費用負担を実質免れていると考えられます。

(※ちなみに、雇入時の健康診断の条文を根拠にして採用選考のために採用内定前の応募者に一律に健康診断を実施できるわけではありません。当然ながら健康診断の結果を理由に採否を決定することもできません。これは平成5年5月10日付け労働省事務連絡で通達されています。)


一般的にですが、入社書類として健康診断書を提出させることによるトラブルや問題というのはあまり生じていないのが現状です。というのも採用直後の労働者の立場の弱さから診断書の提出を拒否するというのはなかなか難しいものです。私も過去に転職した際に自己負担で健康診断を受けたことがあります。受診料は1万円程度でした。




実際に健康診断書を従業員に提出させている企業が注意すべきことは次の点だと思います。


従業員が診断書の提出を拒否した状態で健康診断の実施がなければ、労働基準監督署が介入した際には安衛法違反で是正勧告を受ける可能性が十分に考えられます。
(※「雇入時」とは具体的にいつまでなのか法令では明確になっていないため、各自適切に判断する必要がありますが、さすがに入社後何ヵ月も経ってから受けさせるのは遅いと思われます。)


また、健康診断を受診させなければならないのは「常時使用する労働者」と定められています。これは簡単に言えば、労働時間が週30時間以上でかつ1年以上の雇用見込みのある労働者です。パートタイマーや契約社員も条件を満たせば対象になります。

長期勤続を前提とする正社員であれば文句を言わずに自己負担で診断書を提出する場面であっても、一般的に正社員よりもロイヤルティが低く収入の少ない非正規従業員の場合には、健康診断にかかる費用も軽いものではなく、法令を引き合いにだして診断書の提出を拒否する可能性は十分に考えられます。

非正規従業員の比率が多い企業は注意が必要です。



最後に、就業規則において採用時の書類を提出しない従業員に対する懲戒・採用取り消しや解雇などを規定している場合についてですが、従業員に診断書の提出を求められるのはあくまでも従業員が診断書を持っていた場合に限られます。健康診断の受診自体を命ずることはできません。(命令の根拠となる法律がないからです)

解雇や懲戒の妥当性を断定するようなことは言えませんが、従業員が健康診断を受けたくないと言って提出を拒否した場合に懲戒や解雇を行うのは現実的には無理があるのではないかと思われます。従業員に協力を求める姿勢で提出を促すのが無難であると考えられます。



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