ブラック企業は社名公表よりも労基法違反取締強化によって減少するという意見は見当違い

自民党が最近メディアで話題になっている「ブラック企業」について、社名公表などの措置を政府に提言する方針を固めたという報道があり、ネット上ではこの件について様々な意見がみられます。

その中でよく目にするのが、「なぜ企業名公表なのか。企業に労働基準法を遵守させるよう労働基準監督署がもっと厳しく取り締まるのが先ではないのか。」というような内容です。


自民党ブラック企業対策案ーさらに労基法の運用厳格化を
http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizuushikentarou/20130414-00024393/

ブラック企業は「公表」ではなく「取締り」をするべきだ。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakajimayoshifumi/20130412-00024370/



では、この件について書きます。

断言してもいいですが、労働基準監督署労基法について厳しく取り締まったとしてもブラック企業は減りません。なぜなら世の中で問題視されているブラック企業の多くが労働基準法に違反していないからです。(少なくとも重大な違反は)

実務的な観点からいいますと、一般的に労基法違反でよく監督署の指導が行われるのは

・賃金不払い
・残業代不払い
・労働時間(36協定、変形労働時間制・みなし労働時間制など)
・労働条件の不明示
・解雇予告

そして上記より数は減りますが、他にあり得るのが

年次有給休暇
就業規則作成・届出違反

といったところでしょうか。
あと労基法ではありませんが労基署の監督範囲として最低賃金法違反、労安衛法違反もあります。



ところがです。

上記のような労基法違反の案件は、どちらかというと零細企業であって、かつ法律の知識がない、経営に余裕がなくて労基法のことまで手が回らない、あるいは資金的余裕が全くない、というような事業主が圧倒的に多いのが現状です。これらはブラック企業というよりは、単に労働条件の低い企業、労働環境のよくない企業、法律リテラシーの低い企業というべきものと考えられます。

近年メディア等で問題になっているブラック企業とは、意図的に労働者を追い込んでいくものと認識していますが、少なくとも上記のような労働基準法違反行為は極力行わず、法律を熟知し、合法的に巧妙に労務管理を行っているのです。

雇用契約書や就業規則は会社の有利になるよう緻密なものを作りますし、残業代についても固定残業代、みなし労働時間制などを駆使して労働基準法をクリアするかたちで労働者に長時間労働をさせているものと思われます。

つまりブラック企業にとって、残業代をはじめとする労基法の規制はクリアできないハードルではないのです。(少なくとも現行法では)

「しかし有給休暇は消化させていないのでは?」

と思われるかもしれませんが、年次有給休暇は申請されたときに拒否されただけでは労基法違反は成立しません。有休は法律上労働者が請求するだけで取得ができますから、労働者が日付を指定して会社を休みその後その日について給与が支払われなかった場合、その時点ではじめて労働基準法第39条違反が成立します。実際のところ有休について労基法違反のハードルは非常に高く、多くのケースでは違反は成立していないことになります。




さて、では上記のようなブラック企業労基法に違反していないのであれば、現実的にどのような法的問題が生じ得るのかというとそれは、

・退職強要
パワハラ
・不当な配置転換、転勤、出向等の命令

このような行為によって労働者を追い込んでいくのだと考えられます。

しかしながら、これらは労働基準法の範囲外の事項であって、当人同士の契約関係、権利義務関係を踏まえた私法上の問題であり、労働基準監督官が手を出せる問題ではないのです。民事不介入ということです。

さらにブラック企業は、労基法をクリアした上で労災認定基準を超えるような長時間に及ぶ残業命令を行使していくものと考えられます。

冒頭で紹介した記事によれば

労働基準法がもっと厳密に運用され、残業代の支払いが当然の社会常識となっていれば、ブラック企業などそもそも成り立つはずもない。

とありますが、残業代問題をクリアした上で強行的・パワハラ的な業務命令・人事命令を発令して労働者を追い込むブラック企業が成り立っていると思われますが、労働基準法をどう厳密に運用して取り締まるのでしょうか。


これでお分かりかと思いますが、労働基準法の遵守状況について労働基準監督署による監督を強化したとしてもそれによって多くのブラック企業が摘発されるという結果は考えにくいのであり、もちろん世の中の一定程度の労務管理のユルい会社の適正化にはつながると思われるので監督強化自体には意義はありますが、しかし根本的なブラック企業問題の解決や改善には到底つながらないことは明らかです。


では何が必要なのかといえば、私見ですが以下のようなことです。

1.ブラック企業が引き起こす不法行為等について司法面での救済をもっと容易に受けられるよう制度を整える。(※現在うまくいっている労働審判制度をさらに改善し、多くの労働者がもっと容易に利用できる制度にしていく等)

2.パワハラ規制について法制化を急ぐ。

3.企業名公表については、新聞などのメディアにて確実に公式発表されるのであれば、ある程度大規模の企業に対してはそれなりの効果は見込める。

4.立法面において、終業時刻から翌日の始業時刻までのインターバルについて最低時間規制を設けることにより、現在のように「割増賃金の支払い」によって間接的に残業を制限するのではなく、直接残業時間を規制することによって労働者の心身の健康を保護する。(※労基法の罰則強化、および労基署の監督強化とあわせて)



企業の違法行為として残業代不払いがクローズアップされがちですが、実はブラック企業問題については残業代問題は中核をなすわけではなく、最も重要なのは企業が強大な人事権・業務命令権を背景に労働者の身体と精神の健康を破壊していく行為であり、残業代の支払いではなく残業時間そのものを規制する必要があり、そして労働者が自ら司法によって解決する仕組みや環境が必要なのだと思います。





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<解雇規制緩和論>人員整理と戦力外通告が混同されているのでは

昨日の記事に引き続きですが、最近の解雇規制緩和の報道について、様々なものがごちゃ混ぜに論じられている為に感じる違和感を書きたいと思います。

解雇規制の緩和とひと口に言っても、企業の業績不振の際に雇用調整をはかるために行う整理解雇と、労働者の能力不足や成績の不振等を理由とする解雇(いわば戦力外通告的解雇)では全く性格が異なりますから、解雇規制緩和に際してもそれぞれ別個に検討しなければならない問題です。

しかしながら、政府の有識者会議の主に経営者の方の意見を聞いていると、まるでこの2つを一緒くたに論じているようで、つまり業績不振のため余剰人員の整理をはかる場面において、勤務態度や成績の悪い労働者を優先的に辞めさせられる仕組みが必要だという主張がなされているようです。


整理解雇はあくまでも業績不振という会社の経営上の都合によって行わざるを得ない解雇であり、労働者には全く落ち度はありません。ですから解雇人員の選定に際して特定の労働者個人が取り上げられ、その人の解雇の可否が検討されることなどあり得ないのです。

特定の個人の能力・成績や勤務態度等を検討した時点で、それは会社都合の整理解雇ではなく労働者都合の解雇となるのであり、解雇の要件として求めらる客観的合理性についても経営上の必要性という要素ではなく、その労働者の能力不足が解雇に値するほど合理的な理由となり得るのかという観点から考慮されなければならない訳です。もちろん解雇回避努力に関しても、この2つの解雇では別のものが求められます。


「業績不振でおまえに任せる仕事がなくなった」から解雇なのか、「おまえは使えない。払ってる給料分の働きがない」から解雇なのかは全く違う問題であって、解雇の有効性を測るものさしも違うのです。それを一緒くたにすれば整理解雇の名目で会社が気に入らない労働者を好き勝手にクビにしたというような不当解雇トラブルが頻発するでしょう。理屈抜きでとにかく解雇を容易にしたいというのが本音なのかもしれませんが、政府の有識者会議という公的な場で法政策を論じるのであれば、もう少し考えて発言をしてもらいたいと思うところです。




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「解雇要件の緩和」と「金銭解決ルール」は根本的に違うはず

最近の政府が行う解雇規制緩和議論の報道をみていると、何だか色々なものが混同されていてきちんとした議論ができているのか疑問です。(実態が正しく報道されていないのかもしれませんが)

「解雇をしやすくして雇用の流動性を」みたいなことが盛んに言われていますが、


1.解雇要件の緩和、あるいは解雇の自由化

2.金銭解決ルールの導入


これらは意味が異なりますが、色々な報道をみていると一体どちらのことを言っているのかよくわかりません。というより有識者会議の方々の多くはおそらく区別なく言っているのかもしれません。



解雇を有効に行う為の要件を思いっきり緩和させて、あるいは企業の自由に解雇できるようにするのであれば、そもそも金銭解雇ルールは必要ありません。解雇は有効に適法に行えるわけであり権利濫用とは認められないのですから、金銭によって解決させる問題など存在しないのです。

現行の法律では、解雇が無効と判決が下った場合、職場復帰の方法しか認められておらず、それでは会社側も労働者側も不都合があるという場合に、法律で定められた金銭を会社が給付することによって解雇は無効だけれども労働契約は終了させるというのが金銭解決ルールであって、金さえ払えば無効な解雇が有効になるというような考えは誤りだと思います。

現行法でいうところの「客観的に合理的な理由」のない解雇は認められないので「違法・無効な解雇」「不当解雇」になるわけですが、契約関係については和解によって解消されることもあれば、原職復帰して継続される場合もあり得るのです。いずれにしても、解雇の有効・無効、客観的な合理性があるかどうかということと、労働契約が継続か終了かということは別の問題であって、「金銭解雇」「解雇自由化」と連呼されると、何だかまるで「理屈はともかく金を払えば解雇OK」のような印象を強くうけるのであり危惧するところであります。




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早くも表面化。労働契約法「改悪」の余波

4月1日から改正労契法が施行されています。これでいよいよ有期契約労働者は、更新によって通算期間が5年を超えた時点で無期転換申込権を獲得できるようになったわけです。当然ですが、この法改正をうけて多くの企業は契約社員の更新年数に上限を設けるであろうことが予想されます。


で、以下のニュースです。

労基法違反:首都圏大学非常勤講師組合、早大刑事告発へ(毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20130407k0000e040126000c.html

一見すると「労働基準法」違反ということですが、発端は今回の労契法改正です。

記事によれば、早稲田大学は今回の労働契約法改正をうけ、これまで更新上限のなかった非常勤講師などの更新年数に5年の上限を設ける内容で就業規則を改定したようですが、手続きの過程で労働基準法によって義務付けられている労働者過半数代表からの意見聴取を適法に実施しなかったようで、労働組合は近く労働基準法違反容疑で刑事告発をするといっています。

こういう事件があると、労働基準法は刑罰法規だったのだということが改めて認識されるのかもしれませんが。

違反容疑を具体的にいうと、過半数代表者を投票で選ぶ際に、今回の改定で不利益を被ると考えられる非常勤講師や客員教授に対して手続き書類を見せず、投票結果も公表せず、つまりは手続きの過程を一切公開せずにこっそりと進めて規則改定・届出を終わらせたということです。

実際のところ過半数代表者の選出や意見聴取をきちんと行っていない会社なんぞ世の中にいくらでもありますし、法第90条違反であれば30万円以下の罰金で済むといえば済むわけです。

しかし、記事によれば現在4,300人いるという非常勤職員のうちの少なくない数の職員について、おそらく今後も有期契約は更新されるであろうという合理的な期待が発生していたと考えられるわけであり、一方的に5年の上限規制を設ける改定はかなり重要な労働条件の不利益変更だといえます。

確かに改定に際しては相当な反発が予想されるのですが、だからといってコソコソばれないように進めたうえ結果的に刑事告発されてしまったのでは、後々に不利益変更の有効性を争うことになればコソコソ行為自体が不利な材料になるのだと思います。

更新最長5年制限を検討していた他の大学も労働組合の反発によって撤回・凍結しているということですが、多くの職員にとって重要な不利益変更である以上、ある程度時間と労力をかけた説明・協議のプロセスは避けて通れません。無理・強硬に進めれば不利益変更法理(労働契約法第10条)によって無効とされかねません。



就業規則による更新上限の定めは、新たに雇い入れる有期契約労働者に対しては、契約自由の原則により全く問題はありません。また、定めをする時点で既に雇用している場合であっても、まだ更新を繰り返していないような労働者については合理的な更新期待が発生していないと考えられますから不利益変更にはあたらないといえます。

ただし更新を繰り返している労働者については合理的な期待が発生している可能性が考えられるため、少なくとも全員と協議を行ったうえで一人ひとりの合意を得るのが望ましく、雇用契約書においても上限の条項を入れることによりリスクをなくしていきます。合意を得られないのであればそれ以上更新を重ねるのはさらにリスクが高まりますので現在の契約期間までで満了とし、雇止めの有効性の問題に移っていくものと考えられます。


今後、有期労働者を雇っている多くの企業でこのようなトラブルが発生する恐れがあります。今回の法改正がなければ何事もなく更新され満足していた方も相当数いたはずですが、法改正を推し進めた方々はこの状況を見て一体何を思うのでしょうか。




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「残業代をきっちり払わせれば勤労者の所得は2割上がる」のウソ

「労基局がまともに機能するだけで、日本の個人所得が2割上がることが判明」

このような見出しで最近ネット上で話題になっているのを見かけました。その話題の元になっていたのが、以下の記事です。


「名指し賃上げ要求」よりも、残業代をきっちり払わせよ
http://bylines.news.yahoo.co.jp/mizuushikentarou/20130313-00023863/

日本の企業(特に中小企業)は労働基準法を遵守していない状況なので、安倍政権は各企業に賃上げを呼びかけるよりも、労働基準法違反を厳しく取り締まって残業代をきっちり支払われば日本の勤労者の所得は1〜2割は軽く上がる。その方がよっぽどいい、と書かれています。



法律が遵守されるべきだという点において全く異論はありません。実際に日本の労働法に係る監督行政はユルユルです。法令通りきちんと運用している会社の方がかえって負担ばかり大きくなって馬鹿を見るケースも少なくありません。その辺の不公正な状況については何とかしてもらいたいものだと考えます。



ただし、上記の記事はやはり誤解を招く内容だと思います。

残業代を払っていない企業に法令通り残業代を支払わせれば、本当に皆の収入は上がるのでしょうか。

はっきり言いますが、そんなことはありません。

企業は法律に合わせて人件費総額を変えることは基本的にしません。売上が上がらないのに人件費をあげれば労働分配率の上昇を招き経営リスクが高くなります。

今年法改正となる65歳までの継続雇用の義務化に際しても、企業は若手社員の昇給抑制、新規採用の抑制を行うことによって人件費増を回避しています。法律によって人件費の増加を強制されれば、必ず他の部分を犠牲にすることによって帳尻を合わせます。



では仮に労働基準監督署が残業代未払いの全ての企業に立ち入り調査をして強制的に残業代を全て支払わせたとします。すると企業はどういう行動にでるでしょうか。

まず最初に行うのは賞与のカットです。

通常、どこの企業でも就業規則において賞与の支給は不確定文言(つまり「事情によっては支給しない」ということ)が記載されており、賞与の不支給は違法ではありません。

労基法違反によって残業代の支払いを強制されるのであれば、違法性のない賞与カットは間違いなく行うでしょう。



賞与のカットでも穴埋めできない分についてはどうするか。

次は月例給与のカットが考えられます。

「今まで残業代込みという考えで給与総額を設定していた。残業代を別途とられるならば会社の経営は成り立たないので全員の給与のベース自体を引き下げる」ということです。

「給与を一方的に引き下げるのは違法ではないのか。」と考える方もいると思います。

まず、労働条件の変更が周知され労働者が変更を認識した状態で給与が支払われているのであれば、労基法の賃金全額払いに違反するとは考えられません。つまり労働基準法違反ではありませんから、労働基準監督署は対応してくれません。

後は、当人たちの民事の問題です。労働条件不利益変更が労働契約法に照らし有効なのか無効なのかという争いになっていきます。

しっかりとした労働組合が存在する会社では簡単に給与を引き下げることは難しいでしょうが、前述の記事でも書かれていた通り、労働基準法を順守していない企業の多くは中小企業であり、労働組合が存在する会社はむしろ稀です。労働組合のない会社において会社側と不利益変更の有効性を争っていくのであれば、労働者側もそれなりの気概が必要になります。団体交渉だけではなく法廷闘争も頭に入れなくてはなりません。残業代の支払いを実行されたことによって会社業績に本当に悪化している状況であれば、裁判によって不利益変更が有効とされる可能性も十分に考えられます。

不利益変更の有効・無効いずれの結果になったとしても、給与引き下げを阻止するのは簡単ではなく、現実には相当なエネルギーが必要だということです。



もちろん残業代の不払いを正当化するつもりは毛頭ないのですが、ただ、労基署の機能を強化して残業代を全て支払わせればみんなの収入が2割増えてウハウハなどというような単純な問題ではないということがお分かり頂けると思います。

ユニクロ報道をみて思うこと<サービス残業問題の本質>

先日、東洋経済で「ユニクロ 疲弊する職場」と題して、現場社員(主に店長クラス)の壮絶な長時間労働、過酷な労働環境とそれらに起因する高い離職率の実態が公開され、大きな波紋を呼びました。

※記事はこちら
http://toyokeizai.net/articles/-/13101


この記事をうけて同社柳井会長が体制の見直しを発表したことからも、今回の報道がいかに世間に大きな影響を与えたのかがよく分かります。

ユニクロ、もう「ブラック企業」とは言わせない! 柳井正氏「サービス残業は会社を潰す」(J-CASTニュース
http://www.j-cast.com/2013/03/08168877.html?p=all



実務家である私の実感からしても残業代をめぐる労使紛争は最近は本当に増えてきており、サービス残業は放置できない問題となっていますが、一方、今回のユニクロ報道をみて、企業にとって残業問題の真に危うい点とは何なのかを改めて感じたところです。


前述「ユニクロ 疲弊する職場」にて、注目した点は以下です。

社員の月間労働時間を最長240時間と定めている。(中略)社員の間でも、もしこの上限を超過したら出勤停止処分となり、厳しく指導されると認識されている。

サービス残業が発覚した場合には、降格、店長資格剥奪など人事による懲戒処分が行われる。実際、長期間にわたりサービス残業を強要・黙認していた店長には退職勧奨が行われた。


1.1ヵ月の労働時間が240時間を超えると厳しいペナルティがある

2.しかし、240時間でとてもおさまる業務量ではない


このような時、労働者はどういう行動をとるのか。当たり前ですが、ペナルティを受けたくないので、隠れてサービス残業をするようになります。

(※法的に言うと、会社が指示した仕事が客観的にみて所定時間内に処理できないと認められる場合は、黙示的に残業の命令があったもの(※黙示の指示)とみなされます。これを今回のケースにあてはめると、「残業をしろ」と命令し、同時に命令に従って残業をしたら「罰則を与えるぞ」と脅しているようなもので、かなり矛盾した運用をしていることがわかります。)


さらに以下です。

3.サービス残業をしていることが発覚したら厳しいペナルティがある

これによって労働者は隠れてやっているサービス残業を何が何でも会社にバレないように隠すようになる訳です。



未払い残業代の本質、本当の問題とは何でしょうか。それは長時間労働の防止」であり、「労働者の健康の確保」です。それが大事なのです。少なくとも監督行政機関である労働局および労働基準監督署はそう考えています。

残業代がきちんと支払われていないこと、未払いの状況そのものが重要なわけではありません。未払いをおおっぴらに許すと、長時間労働に歯止めがきかなくなる、そうすると過労死やうつ病などの労働災害につながる、だからサービス残業は駄目なのです。

誤解を恐れずにいえば、監督行政機関は労災に結びつく可能性の低い短時間のサービス残業にはおそらく興味はありません。残業代を支払わせることそれ自体が目的ではないからです。



そうなると、企業にとって最も重要なのは、まずは正確な実態を把握することです。実態を把握できなければ適切な措置を講じることはできません。今回のようなやり方は論外であり、一番やってはいけない方法であることを分かっていないようです。法的な視点からみて、労働者がサービス残業の事実を隠している状況が企業にとって最もリスキーなのです。

よく労働者のサービス残業を見て見ぬフリをして、労働者の過少な申告をそのまま記録し、残業代を支払わなくて済んだと考えている経営者がいますが、そんなやり方は通用しません。会社には労働時間を把握・管理する義務が法律上あるからです。労基法に違反するだけでなく、安全配慮義務違反により億単位の損害賠償リスクがあることを知っておかなければなりません。



ちなみに余談ですが、今回のニュースをみて、ワタミの渡邉美樹会長が大津いじめ問題に関して、「いじめが起きたクラスの担任教師は給与を下げるなど、教師には成果主義、競争原理を持ち込むべきだ」と発言したことを思い出します。いじめの発覚にペナルティを科せば、教師はいじめを隠すようになるのは目に見えているわけですが。





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「準正社員」「賃金を抑え解雇しやすく」中途半端な政策でお茶を濁すのか

安倍内閣に代わってからというもの、「解雇規制緩和」への流れが加速しているように感じます。それ自体に異論はないのですが、気になるのは何とも中途半端なというか、意味不明というか、またしてもグダグダな政策が進行中のこの状況です。

まずは具体的なニュースから。

「準正社員」採用しやすく 政府がルール(日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS13038_T10C13A3MM8000/

政府は職種や勤務地を限定した「準正社員」の雇用ルールをつくる。(中略)職種転換や転勤を伴わない分、企業は賃金を抑え、事業所の閉鎖時に解雇しやすい面がある。

この記事がいうところの、「準正社員」なるものを設ける企業側のメリットは「賃金を抑えられる」ということと、「事業所を撤退・閉鎖したときに解雇しやすい」ということのようです。この「準正社員」の設置によって企業は採用を増やすだろうということです。

はっきり言いますが、まず正社員であろうが契約社員であろうがパートであろうが、賃金を抑えるか抑えないかは完全に企業の自由です。どんな賃金制度を運用するのか、どんな契約で雇入れるのか、最低賃金法に違反しない限り企業の裁量で好きにやればいいのであって、決して「準正社員」というカテゴリーを法令でつくらなければ賃金を抑えられないなどということでは断じてありません。

次に、事業所撤退・閉鎖時の解雇についてですが、現行法であっても、入社の際に「職種限定」「勤務地限定」という内容で雇用契約を結んだ場合、実際にそのような制度が企業内で適切に運用されている限り、撤退・閉鎖時に雇用を継続できないという理由で解雇を行っても不当な解雇とは判断されません。企業は契約によって限定された職種・勤務地の範囲内において解雇回避努力を尽くせばよいのです。

つまり、「賃金を抑え」「事業所閉鎖時に解雇しやすくする」ために、わざわざ「準正社員」という位置付けをつくる必要は全くないということです。

(※職種・勤務地限定契約の場合の解雇は、現状ではその都度裁判所の判断によるため、統一した解雇ルールを法律で明確化しておくということであれば話は分かるのですが。)



さらに同記事

企業が正社員とパートの中間的な位置づけで地域や職種を限定した準正社員を雇いやすくなるよう政府が雇用ルールをつくる。

準正社員の賃金水準は正社員の8〜9割だが、期間の定めのない無期雇用で、社会保険にも加入できる。パートや派遣などの非正規社員より生活が安定する。

繰り返しますが、労働者の賃金水準をどうするかは企業の自由ですし、正社員の定義なんて企業によってバラバラです。賃金を「正社員の○割」とすることに意味なんかありません。

そもそも労働法上、「正社員」という概念自体ありません。労働基準法では「労働者」とのみ定めがあり、それが無期と有期に分かれるだけですし、パート労働法において労働時間の短い労働者を「短時間労働者」と定義しているくらいの分類しかありません。

要するに、「正社員とパートの中間的な位置づけ」と言われても、そんな形式は法律上ありえないのです。

「期間の定めのない職種限定・勤務地限定の労働者」を雇いたいのなら現行の法律でできますし、賃金も企業の好きに決めることができるのです。わざわざ「準正社員」をつくったからといって企業が今までより雇用しやすくなるということは考えられません。

さらにいうと、社会保険はパートや有期労働者であっても一定の要件を満たしたら必ず加入させなければならない決まりです。企業が法令を無視して加入させていないのであれば、それは法律ではなく監督行政のあり方の問題です。「準正社員」だから社会保険に加入できるという理屈は全くをもって意味不明です。



今回の報道にあるような「準正社員」なる極めて意味の薄い中途半端な雇用形態を創出したところで、かえって企業の労務管理が複雑化するだけで企業にもメリットはありませんし、当然労働市場の流動化にもつながらず、労働者側にもメリットはないものと思われます。

現状の正社員の解雇規制には一切手をつけず、同一労働同一賃金の問題も放置したままで、実質的には非正規雇用ともとれるような雇用形態をもう1つ増やすしたところで、そんな小手先の政策にたいして意味はありません。






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